2015年09月28日

第19回 渡邉幸義さん(アイエスエフネットグループ 代表)

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イクボス・ロールモデルインタビュー第19回は、アイエスエフネットグループ代表の渡邉幸義さんが登場。ITベンチャー企業を興し、障がいのある方・ひきこもりも戦力にする究極の適材適所、「会社は家族」というマネジメントを提唱。2014年には、新日本有限責任監査法人「Job Creation 2014」雇用創造ランキング 第2位を受賞。従業員への想いと、これからの働き方について伺った。(FJイクボスプロジェクト)

<渡邉幸義さんプロフィール>
静岡県沼津市出身の実業家。2000年1月、アイエスエフネットグループの母体である株式会社アイエスエフネットを創業。 ネットワークの構築、保守運用、人材派遣事業を主としている。特例子会社のアイエスエフネットハーモニーでは、障がいのある方の雇用にも取り組んでいる。ベトナム・インド・マレーシア等、海外事業を行っている。1男の父。

【雇用がたくさん生みだせるIT系で起業】
―まず、株式会社アイエスエフネットの創業に至るまでを教えてください。

渡邉:2000年に創業しましたが、その前に外資系コンピュータ会社に10年くらい勤めていました。外資系の会社には、将来起業することも視野に入れて勤めていました。ただ、何の事業で起業するかは、まだ決まってはいませんでした。その会社は、世界で初めてインターネットを作り、日本でプロバイダを作った会社です。私は、日本でのマーケティングおよびセールスをやらせてもらっていたのですが、そのときにインターネットと出会い、この時代が来るなと確信し2000年に起業しました。私がやろうとしていたのはネットワークなどのインフラの方で、いわゆるアプリケーション側ではないんですよ。通信系は一番泥臭いサービスで、比較的堅くて目立たないような仕事ですが、機器の設置など必ず人手が必要な仕事ですから、確実に雇用がたくさん生めるんです。

ですが、創業したばかりの会社に来てくれるようなエンジニアはいなかったので、自分たちで育てていかなければならなかったわけです。私は、無知識・未経験の「人財」を、人間性とやる気で採用しました。当時そのような雇用は、通常ありえませんでした。知識がない人間に知識を持ってもらう。逆に言えば、知識があれば、仕事ができる時代だったわけですから、人間性の高い人財に技術を習得していただきながら、それをお客様先で経験してエンジニアとして成長してもらうという事業モデルを作りました。その考え方がとても当たりまして、毎月2倍ずつ社員が増えていきまして、3年で約300人、5年で約1000人の社員数になりました。

そうやって社員が増えていくうちに、いろいろな方が入ってきますから、働き方の多様性を考えて対応していかなくてはならない。最初に入ってきた方の中にも、障がいのあるメンバーや、元ひきこもりだった方など、いろんな人たちがいたわけです。同じようなメンバーを選んで雇用して事業展開ができるような状況ではなく、とにかく人が必要でした。事業が成長しているので、どのような人でも活かせなくてはいけないというのがありました。ビジネスは全世界に広がり、日本人のみならず、外国人も含めて雇うという雇用形態を取ってきました。

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-なぜ、多様な人を雇用するという形態を取ろうと思ったのですか?

渡邉:私は起業する前、3年半ほど別の会社に入って、サラリーマンをやりながら、夕方から3時間くらい、無給でその会社を手伝っていました。そして代表取締役副社長となり、ここで起業家としてのノウハウを学びました。そしてその後起業したのですが、そのときに一番大事だと思ったのが考え方なんです。京セラの稲森和夫さんの考え方を引き継いで、会社を始めました。http://www.kyocera.co.jp/inamori/
「人として正しいことか、人のためになっているか」という想いで始めたところ、大勢の方々が賛同してくれて会社も伸びていきました。そういう考え方を持っていなければ、障がい者雇用とかダイバーシティの雇用はきっとやっていなかったと思います。

考え方を追求して今この形態になっているわけです。私自身は、最初からこういう風にしたいなと思ってやっていたわけではなく、日々の課題を解決していたらこうなりました。戦略とか戦術とかでできることではないと思います。

【バブル期の働き方に、疑問を持って】
-ご自身の働き方はいかがでしたか?

渡邉:外資系の会社にいるときには、正直あまり働いていませんでしたね。新卒の頃はちょっとは働いていましたけれど、4年目くらいからはあまり働いてないですね。定時で帰ってすぐ居酒屋にいってた時期もありました。外資系は結果が全てで、半年で売上目標の数字が終わっていましたから。1台コンピュータ売ると3億円だったので、1台売れればよかったんです。私の売り方は、白紙の申込書を持っていって、お客さんに金額を書いてもらうんです。予算を取ってもらわないといけないですから。それにはとにかくお客さんと仲良くなることです。高度経済成長期で、残業すると会社のお金でホテルに泊まれました。バブルの時代です。今はそんなことできないですけどね。

-自分でコントロールできる働き方を意識していたということですか?

渡邉:どうしたら短い時間で効果が出るかを考えていましたね。そのときはお客さんと仲良くなろうと思ってやっていましたけれど、実はその仕組みはあまり好きではなかったですね。なぜかというと、まじめで不器用な人やコツコツやる人は逸脱されちゃうから。コンピュータなんてどこのメーカーでも、あまり性能に変わりはありませんから、営業としてどれだけ仲良くなれるかが、その当時はとても大事だったんです。当時は小手先のノウハウを持っていた人が売れていましたね。今考えると、よくなかったなと思っています。あの感覚のまま、今、会社経営していたら、たぶん会社はつぶれていましたね。

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【何もないところから会社の資金を生み出す】
-そこから、今の会社経営の考え方に行き着かれたのは、なぜですか?

渡邉:何もなかったからだと思います。人脈も、お金も知識もありませんでした。外資系企業にいたときは、その会社の看板でやっていたんですよね。自分は、お客さんに取り入ってできるだけ仲良くなる、仲介役みたいな役割でした。
この会社を作ったときに、売るものが無かったんです。副社長に「この会社、売るものがないじゃないですか」って言われて、「ばかやろう。売るものがないってことは、何でも売れるってことだ」と言ったのがスタートでした。

お客さんに電話しても会ってくれないんですよ。1回目は会ってくれても、2回目はみなさん忙しくて会ってくれない。「会社を辞めて会社を作りました」というと、珍しいから1回は会ってくれるけれど、2回目は会ってくれない。仲良くなっても売るものがないし、商売にならないんです。自分が会社を作ったときに、相手がお金を出しても欲しいと思うようなものを作らないと、会社って回らないんだということを初めて思い知りました。

-そこからどうしたんですか?

渡邉:インターネットをやろうとは思ってはいたけれど、やるにしてもお金がないのでお金を貯めないといけない。資本金1000万円だと、社員の給料払うだけで投資に回せない。それで自分のアドバンテージは何かなと考えたら、日本で一番インターネットについて知っていたということです。私が以前勤めていた外資系の会社のサーバーがインターネットの最初のサーバーで、UNIXはその会社で作ったもの。インターネットの会社がいくつかありましたが、ほとんどの会社はその会社が介在していました。

インターネットを知っていたから、インターネットセミナーでお金を稼ごうと思ったんです。でも、インターネットセミナーと言っても誰も集まらない。静岡県沼津の出身で、沼津の市役所に私の同級生が働いていたので、「市役所でインターネットセミナーをやらせてくれ。無料でやるから」と相談しました。「市役所の会議室で、渡邉幸義さんがインターネットセミナーをやります」と張り紙してくれたら、おばちゃんとおじちゃんの2人だけ来ました。おばちゃんはスーパーのレジ袋にネギか何か入れて、もう1人のおじちゃんは「インターなんだ?」とか訳わからなくて、途中から爆睡してるんですよ。でも、寝ていてもいいんです。やったことに意味があり、2人だけでも来てくれた。実はそれが戦略で、「沼津市の講演でインターネットセミナーをやりました」と商工会議所に話を持っていったんです。「え、沼津市で!」ということになり、「ただでいいからやります」と、商工会議所で講演をしました。

その実績を持って、今度はライオンズクラブに話しをしたら「いいね~」ということで、またそこでも講演をしました。そうしたら、そこに来ていた中にムラテック村田機械の会長さんがいたんですよ。「ムラテックの総会で話してもらおう」と言われ、初めて講演料をもらいました。ムラテックで話したら、村田機械の社長(今は親友ですが)が来ていて、彼はアメリカの情報を持っていましたが、私の方が最新だったので、「渡邉さん、これはすごい。うちの役員会でやってくれ」って言われて、また講演料をもらいました。そうしたら、いろいろな企業からオファーが来ました。そうやって付加価値をどんどんつけていきました。起業って、結局は自分の付加価値をつけていくっていうことなんですよ。

前の会社にいたときには、売るものがあって会社の看板があったから、そのときの自分の役割は仲良くなるだけだったけれど、看板もない、お金もない、何もない状態のときには、自分の強みと持っているものを組み合わせて付加価値をつけるということをやりました。そして、そのお金を使って、インターネットエンジニアを育てていく仕組みを作りました。

【仕事があるから、働きたい人を活かす】
-その雇用の中に、ダイバーシティの考え方を入れていったのはどうしてですか?

渡邉:そのお金を使って、ネットワークエンジニアを育てていこうと思い人財募集をかけたんですが、先ほどもお話したとおり、あんまり人が来なかったんですよ。当時は業界全体が極端な人財不足だったということもあって、浅草橋に10坪のオフィスで始めた無名のベンチャー企業にはなかなか人が集まらず、「無知識・未経験でOK」と募集したら、若くて元気な日雇いみたいなコンピュータとかマウスとか触ったことがない人ばかり集まって来ました。そして、その中には元ひきこもりとか、いろいろな人がいました。でも、仕事がたくさん来たので、彼らを活かすしかなかったんです。創業の時からいるTくんは当時から欝でしたが、途中3年間くらい辞めて、最近また挨拶に来て働き始めています。そういう人たちの働く環境を作っていくために、いろいろなことをしなくてはいけなかった。

-健常者中心に社員を集めた方が、会社として経営しやすいという考えはなかったんですか?

渡邉:それは、会社を作ったときに、京セラの稲森さんの「盛和塾」で考え方を学んだことが大きいですね。
http://www.kyocera.co.jp/inamori/contribution/seiwajyuku/
その経験があったから、たぶんそっちの方向にいかなかった。私が稲森さんの考えを学んでいなかったら、見せかけだけの無理な経営をしてしまって、心労で今は命がなかったかもしれませんね。

-多様な人財を雇用し、育成していくにあたって、心がけていることは?

渡邉:まず始めに面接をして偏見をなくしました。雇用する人がなかなか来てくれないときに、働きたいと会社に来てくれた人を活かさないと会社が伸びないので、活かそうと思いましたね。どうやって活かすかというと、適材適所というのがありますから、その人が向いているのはなんだろうと考えるわけです。その結果、組織を変えたり、新しく仕事を作ったり、いろいろなことをしました。

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【偏見をなくし、問題を一つ一つ解決する】
-仕事に配属するというよりも、人に合った仕事を与えるということですか?

渡邉:営業に向いていなければ、技術に行ってもらうとか。最初に面接しても、たとえば精神疾患の人って、わからないんですよ。会社に来なくなって、なぜ来なくなったんだろうと思うわけです。「チャレンジングチーム」というのを作り、てんかんの人や発達障がい系の人などに対して、起こったことや事象に合わせて対応しました。そのうちにそれが、特例ではなく、会社として当たり前になっていったんです。

いろいろやっかいなことも起こりますけれど、それをやっているうちに生活保護受給者とか、自閉症の人も雇おうとか、もっとハードルを上げようと思いました。最初から障がいがあるのをわかって雇っていますから。

ほとんどの会社の雇用の仕方は、入社後の変化なんですよ。病気や障がいを告知せずに入って、告知したら辞めさせられてしまうというケースもあるわけです。私は入る前から対応しようと思ってやっています。どんな病気や障がいのある方でもほとんど「NO」と言わないです。その代わり、1日5件くらい問題も起こります。

昔は結婚式のスピーチとか、すごく上がったんですが、最近は何ともないです。労働局とか来たときも最初はドキドキしましたけれど、会社がちゃんとやっていたら、恥ずかしいことは何もないわけですから今は何とも思わないです。当グループにも当然リスクはあるわけです。精神疾患の人が些細なことで、重箱の隅をつつくようなクレーマーになっちゃうこともいっぱいあります。そういう人は、リスクが高いからどこの会社も受け入れようとしませんが、当グループはあえてそういう人を雇い入れています。どんなことがあっても、変わらない軸を持ってやっていくということですね。

そう思ってやっていると、平穏なんですよ。でも、たぶん私の奥さんに1件でもトラブルの話を聞かせたら、1週間寝られなくなると思いますけどね。私には課題解決が見えるんですよ。こうやってやればいいと。

-それは経験によるところですか?

渡邉:あえて踏み込んでやっていますから、弁護士の方などを始めとして、いろんな機関や団体の方と知り合いになりました。最初は、初めてだし初対面なわけですよ。でも、何かの事例を通して会ったときに、誠意がある対応をすることで人脈になるわけです。そこで仲違いしてしまうと、人脈じゃなく残念なことに敵になってしまいます。

【従業員に合わせることで、仕事や制度が増えていくことも】
-社内制度についての考え方を教えてください

渡邉:制度はたくさん入れています。http://www.isfnet-recruit.com/about/hire.html
2011年に「くるみん」を取りましたが、「くるみん」を取るということはその先をコミットメントしてやるわけです。そして、会社として約束したことは継続してやって行かなくてはなりません。ISMSとか、プライバシーマークとかと同じ考え方ですね。認証というのは、問題点を並べて、改善していきなさいというふうにやっていくわけです。あとは税務監査ですね。国の監査で、無料で監査してくれて、教えてくれるわけですから、来ていただくと、むちゃくちゃ私のモチベーションが上がります。普通は税務監査なんて嫌ですよね。でも私は、「無償監査!これ1000万円くらいの価値あるよ」って言ってます。でも、なかなか来てくれないんですよ。

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-もともとの考え方がポジティブなんですね。
渡邉:国税は粉飾の傾向値から見るみたいですが、その傾向値が当グループはないですから。追徴課税は1銭もありません。私は8時半には寝ますし、役員の接待費もゼロ。

-寝る時間、早いですね!

渡邉:接待の時間帯には爆睡してます(笑)。夜中2時半に起きて、そこから仕事して4時頃は一番絶好調ですね。その時間って静かで暗いし、もっとも集中できるんですよ。

-今後のビジョンは?

渡邉:いろいろな考え方を持っていますが、結局目の前の要望に応え、課題解決していくと、おのずと形になっていくと思っています。もともとひきこもりの対応を、自分のミッションとしてやっていきたいと思っていて、そこから生活保護受給者の対応も始めました。また、多くの親御さんに会っていくうちに自閉症の方の対応もしていこうとなったり、目の前の課題に対応することで未来が決まっていっているんです。まだまだ前途多難ですが、やらせてもらえるのであれば、就労困難な方の雇用をもっと作っていきたいと思っています。

【困難がなかったら、つまらない!】
-あえて困難を解決したい、多様な状況にある人の雇用をするのはなぜですか?

渡邉:健常者だけとか、働きやすい人だけ雇用していると、私には物足りないですよ! 頭使わなくても、課題解決しなくても回りますから、脳も活性化しませんし。親御さんから「こんなことできないの?社長?」って言われたら、「YES」と言いたいんです。失敗と改善を繰り返し課題を解決していかないと「YES」にならないんですよ。私は200回やって1回しか成功しませんから、成功率は0.5%です。でも、1日に2000個くらい指示を出しているから、1日に10個くらい成功するわけです。10個成功したことを、小さいことでもすごいこととして言い、1990個の失敗は言わないです。失敗したことはみんな忘れちゃいますから、そのうちに10個が成功体験になって「社長がやることは、全部成功する」ってなる訳です。失敗は、どうして失敗したかわかるから、成功へ導き成功の元になります。失敗という解答をたくさん持つことが大事ですね。

失敗すると傷つきますが、改善すれば課題解決になり、次に失敗しそうなことがあっても、課題解決できるわけです。人って、やったことがないことに対して、恐怖心とか、嫌な気持ちを抱くんですが、避けていると、いつまでたっても嫌なままです。

-それに向かっていけないボスや従業員もいるのでは?

渡邉:最初の課題解決は、社長である私がやるんです。私が受けたら、少しずつ前に進んでいくわけですが、少しずつ部下にもやらせていくんです。最初から社長が受けず、管理職やメンバーに対応させるのは、非常に厳しいですね。

いろいろな人を雇っているから、いろいろな問題が起こります。たとえば親御さんから文句を言われることもありますし、全然違うところから言われちゃうこともあります。以前、辞めた人から名指しで苦言を突きつけられて、すごく悩んでいる管理職がいたんです。私が過去の経験からアドバイスをして、伴走しながら一緒に課題解決すると、次に同じようなことが起こったときに、彼は自分で課題解決できるわけです。それを最初から全部まかせてしまうと、なかなかうまくいかないと思います。問題が起こったということは、本人との間に誤解が生じているわけで、また同じような問題が起こらないように、経験から学んでいくんです。障がい者雇用ではいろいろな問題が起こりますが、一番まずいのは、そこから逃げてしまうことです。でも、そこから逃げないで、ちゃんと改善していくと、それが信頼になっていきます。「そういう人は二度と雇わない」ではなく、「経験があるから雇おう」となるわけです。

【社員のモチベーションやロイヤリティは、数値として見えないもの】
-イクメン、イクボスについて、どう考えますか?

渡邉:イクメンとかイクボスというと、一般の企業経営者は「なぜやらなくてはいけないのか」と考えると思うんです。私は、制度を整えて、きちんと会社で対応していかなければならないと思っていますし、これからは男女一緒に働くという時代に必ずなるので、協力し合ってやっていくことが絶対に大切だと思っています。

そのときに、何かやろうとすると、絶対に経費がかかるんです。当グループの場合は、従業員が3300人を超えていますから、かかる経費も大きいです。経費を考えると、できるだけ制度を入れないように先延ばしにしたくなりますが、実際に制度を入れると、社員のロイヤリティが上がって利益貢献してくれるんです。でもこれは数値としては出てこないんですよ。

-具体的にどういうことですか?

たとえば、数値として、もし1人の社員が、制度がないために辞めることになったら、その人の人件費がかからなくなるわけですから会社の利益は上がります。でも、1人辞めたらその分周囲のモチベーションが下がり、これは見えないマイナスの計数として効いてきます。ですから、制度を入れるということは、見えない計数を大事にするということなんです。「これは赤字になる」と経営者が考える時って、見えてる数字だけを見て言っていることがほとんどです。でも見えない計数には安心があったり、感謝があったり、会社に対するロイヤリティがあったりするんです。

最近、当グループの部長が育休から戻ってきましたが、そういう事例があれば、周囲の人も「その制度があるから会社に勤めたい」とか「これなら辞めないで働き続けられる」と思うわけです。でもそれは数値では計れません。目に見えないことを大事にしていきたいですね。

-従業員としていかがですか?

永友里奈(ダイバーシティ部):普通、会社でダイバーシティを推進する者は、会社のトップにいかに理解してもらうかが大変だったりするんですが、弊社の場合は、トップから「あれを入れろ、これを入れろ」とか、中には法律を変えないとできない要求が降りてきたりしてます(笑)。そういう苦労はありますが、大変やりやすい職場ですね。

渡邉:法律も変えようとしていますよ。制度が法律と合っていないものもあるので、そこは果敢に挑んでいきたいです。言わなければ何も変わりませんが、言ってみたら変わるかもしれませんからね。

(筆:高祖常子)
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2015年08月27日

第18回 澁谷耕一さん(リッキービジネスソリューション株式会社 代表取締役)

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イクボス・ロールモデルインタビュー第18回は、リッキービジネスソリューション株式会社 代表取締役の澁谷耕一さん。興銀マンとしてばりばり働いていたが、妻の病死をきっかけに子ども3人の育児と仕事の両立のため起業を決意。銀行を退職し、亡き妻の愛称「リッキー」を社名とした会社を起こした。妻の死を通してワークライフバランスの大切さに気づき、出産や育児など社員のライフステージの変化に合わせたフレキシブルな働き方を推進している。社員の生産性を上げて業績アップを計り、基軸となる中小企業向けのコンサルティング事業に加え食品支援事業など幅広い事業を手がけつつも、「やりがいがあるのは仕事よりも子育て」ときっぱり言い切る澁谷社長に、イクボスの価値観や今後の展望などについて伺った。(インタビュー:NPO法人ファザーリング・ジャパン代表 安藤哲也)

〈澁谷耕一さん プロフィール〉
1954年北海道生まれ。一橋大学卒業後、日本興業銀行に入行。香港支店副支店長、みずほ証券公開営業部長などをつとめる。2002年、同社を退職し、中小企業向けのコンサルティング業務を行う「リッキービジネスソリューション株式会社」を設立。2013年4月には神奈川県政策顧問にも就任。起業時は高3、高1、小4だった子どもたちも全員成人し、現在は孫も2人。忙しい合間をぬって、子どもたちと過ごす時間を今でも大切にしている。

【妻の死をきっかけに銀行員を辞め、48歳で起業】

安藤:澁谷社長は銀行員を辞め2002年に起業されたそうですが、きっかけを教えてください。

澁谷:大学卒業後、日本興業銀行に入行し、ニューヨーク支店などの勤務を経た後、香港支店の副支店長もつとめていました。私自身はこのままずっと銀行員としてバリバリ働き続けていきたいと思っていたのですが、妻ががんを患い、2001年2月、45歳という若さで先立たれてしまったんです。あとには当時高校3年の長男、高校1年の次男、小学4年の長女が残されました。まだ小4で幼い下の娘に寂しい思いをさせたまま今の仕事を続けられない、育児と仕事を両立できる仕事を、と考え、48歳で自宅での起業を決めたのです。

他にやりたい仕事があって銀行員を辞めたわけではないので、これから何をやって食べていくかいろいろ悩んだのですが、13年前、日本はデフレ経済で、中小企業が銀行からお金をかりるのが難しい時代でした。中小企業も銀行が納得するような、融資に必要な事業計画書が作れず、資金を借りることができない状態だったのです。そこで、銀行と中小企業のコミュニケーションギャップを埋めるために、中小企業に事業計画書の作成を助言するだけでなく、企業の強みやどこに無駄があるのかなどの要素も盛り込んだ計画書を書くことで、経営をどういう方向にもっていくか、戦略立案の助言を行うビジネスを始めました。

安藤:失意の底から立ち上がり、起業して順調に業績を伸ばされ、現在は食品支援事業も展開されているのですね。

澁谷:そうですね。2006年に、地方銀行と共催で、食品製造業者と食品バイヤーの出会いの場を提供する展示会「地方銀行フードセレクション」を始めました。以前から地方銀行が地元のバイヤーをよび、取引先である食品製造業者や農水畜産業者の商品を紹介する取り組みを行っていたため、これを全国規模で展開しようと考えたのです。おかげさまで好評を博し、今年は第10回目を迎えるのですが、参加銀行は41行、企業は600社に増えました。この取り組みは地域の食の交流と活性化にもつながり、当社では、ここで出合った地域の食品の通信販売業務も行っています。

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安藤:御社の社員数は?

澁谷:22人です。女性の割合が半分くらいで、子育て中のお母さんが多いですね。女性社員は出産すると育児休暇を取得し、2、3年で戻ってくるパターンが多いですね。復帰してからは、すぐにフルタイムで働くのでなく、最初は週に1日、勤務時間は10時〜15時からスタートし、子どもの成長に従って勤務日数や勤務時間を少しずつ増やしていくなど柔軟な働き方を積極的に取り入れています。

安藤:ライフステージの変化に応じて働き方が変えられるのは、ママ社員にとっては非常にありがたい制度ですね。ところで澁谷さんは、銀行員時代はどのような働き方だったのですか?

澁谷:銀行員時代は、いわゆる「猛烈サラリーマン」でしたよ。仕事中心で、家事や育児は妻にまかせっぱなしでしたから。ただ、ひとつ驚いたのは、ニューヨーク支店時代のアメリカ人の働き方です。当時の日本のビジネスマンは残業につぐ残業の毎日だというのに、アメリカのビジネスマンは、夕方5時に帰って家族と一緒にごはんを食べたりテニスを楽しんだりしているんです。奥さんも働いているけれど、「ダブルインカム・ノーキッズ」ではなく「ダブルインカム・ウイズキッズ」みたいな発想で、奥さんと連携して子育てしながら働く姿はカルチャーショックでしたね。彼らに影響を受けて、私もニューヨーク支店時代は週末家族にパスタを作ったり、その頃コロンビア大学の大学院に通って勉強していた妻が不在の時には、子ども達を動物園に連れていったりしていました。でも、その後再び日本に帰国してからは仕事一辺倒で、家事や育児の95%は妻にまかせていましたね。

安藤:ワークライフバランスの大切さに気づいたのはいつ頃ですか?

澁谷:やはり、妻が亡くなってからですね。亡くなってすぐのころはまだ銀行に勤めていたのですが、当時、一番下の娘はまだ小3ですから、学校で熱を出すこともあったわけです。すると、地方に出張中でも会議中でも学校から電話がかかってきて「早くお子さんを迎えに来てください」となるわけです。近所の方に助けてもらったりもしましたが、いろいろ大変でしたね。

あともうひとつ、当時は娘の塾のお迎えがあるので定時の5時半に帰るようにしていたのですが、帰ろうとすると急に「これから会議やるよ」と言われることもありまして……。娘が待っているのにどうしようって、これも本当に困りましたね。今まで妻が家にいてくれたから、夜の9時、10時までずるずる仕事して、時にはその後飲みに行ったりしていたのが全くできなくなり、これまでいかに自分が生産性のない仕事をしていたかわかりました。と同時に、仕事と育児を両立させるには、ワークライフバランスの発想が必要であることを痛感しました。

安藤:その時の経験が、今の会社での社員のマネジメントに生きているわけですね。

澁谷:まさにそうです。子どものいる社員の気持ちがわかるから、彼女たちが困るようなことはしないようにしています。ですから、当社では、午後6時から突然ミーティングを始めるようなことは一切しません(笑)。また、小さい子はすぐに熱を出しますので、子ども園で発熱して突然お迎えに行かなくてはならなくなった時などは、早退したり休んだりしてもらっていいよと常に言っています。

安藤:イクボスですね。でも、御社には独身の社員の方もいらっしゃいますよね。「ママ社員ばかり優遇されて」みたいな意見が出たりはしないのですか?

澁谷:ママでもある社員は、自分がいわゆるイレギュラーな働き方をしていることを自覚していて、皆に迷惑をかけられないぶんしっかり仕事をしようという意識の高い方が多いんです。業務が滞るようなことがないので、そのような不満は出てこないですね。

安藤:チームを組んで仕事をするというよりも、一人ひとりの仕事が決まっていて、スタッフ同士がお互いのスケジュールを共有しながら仕事を進めていくのですね。

澁谷:そうですね。男性社員の中にも子育て中の社員がいるのですが、やはり子どもがまだ小さいので結構熱を出すんです。でも彼らの奥さんもフルタイム勤務で忙しく、簡単に会社を休めない女性が多いので、私から彼らに「子どもが体調を崩した時はいつ休んでもいいよ」と言っています。先日も、午前の会議中、男性社員あてに保育園からお迎えコールが来ました。連絡を受けた彼はそのまま保育園にお迎えに行き、フルタイムで働く奥さんと連絡をとって午後3時に看病を交替し、夕方社に戻って仕事していましたね。ご主人がぱっと動けるので奥さんもすごく喜んでくれて、「私がこうして仕事を続けていられるのは、澁谷社長のおかげです」って私に感謝の手紙を送ってくれるんです。

安藤:違う会社の社員からも感謝されちゃう(笑)って、うれしいですよね。

【生活者目線で考える“共感力”が、これからのビジネスを支える】

澁谷:そうですね。会社でフレキシビリティを持つと、いろんな立場の人が働けるんです。また、うちの会社は女性社員、ママ社員の比率が高まりつつあるのですが、ママ社員が増えると生産性が上がるんですよね。どうしてかというと、お母さんたちは子どものお迎えや夕食作りがあるから、効率良く仕事をして6時前にスパッと帰るんです。すると、男性社員もそれにつられて早く帰るようになり、結果的に生産性が上がるんです。女性も男性も、プライオリティを常に考えながらしっかり仕事をして早く帰宅し、家族と過ごす時間やプライベートを楽しむ時間を大切に過ごしてほしいと切に思います。私は37年半仕事してきましたけど、「子育てと仕事、どっちがやりがいありましたか?」って聞かれたら、迷わず「子育てです」と答えますね。

安藤:なるほど。

澁谷:会社を始めて間もない頃、塾に通う娘のために、私は毎日手づくりの弁当をもたせていました。無理せずコンビニなどで買ってすまさせればいいという考え方もありましたが、塾で友達といっしょに食べる時、娘にひけめを感じてほしくなかったし、お父さんも一生懸命がんばっているんだということを伝えたかったのです。で、塾が終わる時間に駅の改札口のホームで娘の帰りを待っていると、娘が「パパ!」って駆け寄ってきて、私にぎゅっと抱きつくんです。なんて幸せなんだって。本当に、あの感動は忘れられないですよね。妻が亡くなり、ひとり親の家庭になって初めて、今までに感じたことのない子育ての大きな喜びを知ることができたんです。

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安藤:子育ては期間限定ですから、楽しめる時期に楽しみたいですよね。澁谷さんのようなイクボスの元で働く社員の皆さんは、職場の理解もあり、ワークライフバランスを取り入れた働き方ができており、まさにフロントランナーです。
高齢化社会の日本は今後、親の介護の問題も出てきます。介護はボス世代自らの課題でもあるし、独身やお子さんがいない社員の方でも介護の必要性が生じることも当然あるわけです。育児だけでなく親の介護など、社員のさまざまなライフステージの変化に適応する職場環境は、どの会社にもないといけないと思うのですが、実際のところ、大企業の中には、長年培ってきた慣習や風土をいきなりは変えられない会社もあるようですね。中小企業も、「うちは中小だからワークライフバランスを取り入れるのは不可能」という方もいらっしゃいますがそんなことはないです。中小だからこそ、御社のようにフレキシブルな働き方を可能にしている会社もあるのですから。

澁谷:本当にそう思います。中小企業のいいところは、例えば、トップである僕が「いいよ」っていえばOKなので、素早い決断で生産性を上げることができることだと思います。時代は、長時間労働から短時間労働へと確実に変わってきています。これからは、組織の一方的な論理だけで物事を押し進めていくというよりも、自らの子育て体験を振り返り、家事や育児をはじめとするさまざまな生活シーンで養われる、いわゆる生活者目線で考える“共感力”のようなものが、ビジネスを支えていくような気がしますね。

安藤:生活者目線で考えたいろんなアイディアを社内で自由に発言でき、よいアイディアはすぐに具現化できるような御社の環境は、「自分たちで考えたことが形になっていく」という喜びを味わえますよね。反面、大企業の社員を見ていると、「自分の仕事に退屈している」という人が増えてきてしまっているように感じることがあります。上から言われたことしかできない・やらない。管理職も、数字をもたされているのでリスクを考えてしまって部下の裁量に任せられない。そうなると、働く意欲もだんだんそがれてきて、企業の成長力を削いでいます。

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澁谷:確かにそうですね。話は少しそれますが、2013年から神奈川県の政策顧問の仕事もしているのですが、女性の働き方について県の方と話していると、「子育てして3年もたつと、職場復帰できないですよね」と当然のようにおっしゃいます。そのたびに「いや、できます。そんな風に思わないほうがいいですよ」ってお話しています。今はネットなどでいろんな情報が入手できますので、本人に「復帰したい」という意識さえあれば、いつでもできますよね。子育てを経験すると人間的に本当に成長できますし、視野も広まります。それをぜひ、社会に生かしてほしいんです。

安藤:僕自身もそうでしたが、父親となって子育てに関わるようになると、地域とのつながりができます。地域に出ると、会社とは違うプレーヤーがたくさんいて、でも、こういう人たちと共感しながら何かを一緒にやっていくことで、人間的にも大きく成長できると思うんです。僕は子どもが通う小学校のPTA会長を2年つとめました。僕以外の役員はお母さんばかりで、その中に入ってまとめるのは大変なこともありましたが、子どもたちの様子もよくわかるし、先生たちと仲良くなって密度の濃いコミュニケーションをとりながら活動させてもらって、地域での豊かな時間を過ごすことができました。

澁谷:私もPTAをやったのですが、入ってみたらやはり、僕以外の役員さんは皆お母さんでしたね(笑)。あれはすごいですよね。お父さんも2、3人いればいいのにと思いました。お母さん同士だからなのか、話し合いをしても中々決まらなくて。「澁谷君のお父さんはどう思われますか?」って聞かれて意見を言うと、ぱっとそれに決まるんですよね。そこで「次の会議から議長やってもらえますか?」とお願いされたこともありました(笑)。

当社では、男性社員にも「PTAなど地域活動もどんどんやってください」と言っています。男性社員が結婚する時に、私は新郎の上司として結婚式でスピーチするのですが、今申し上げたような話をするわけですよ。「奥様、この先子どもができて、お子さんが熱を出したり、PTAなど地域活動に参加したりする場合は、いつご主人に休んでもらってもいいですよ。私も応援していますから」って言うんです。すると、新郎側だけでなく、新婦側からも拍手がおこるんです(笑)。

安藤:いいですね。昔は上司のスピーチって、「○○君は将来の支店長候補として……」みたいな堅苦しい感じでしたよね(笑)。男性も、仕事で能力のある方は、お金にはならないけど、自分の能力を地域に還元するという意味で、どんどんPTA活動をしてほしいと思います。ファザーリングジャパンでは、パパ会員に「パパ達も、これから管理職になるんだったら一度はPTA会長やっておいたほうが仕事でも有効なマネジメント能力あがるからやってみれば?」ってすすめています。「MBAとるのはお金かかるけど、PTAはタダでできるよ」って(笑)。そのせいか、現在、会員500人のうち、PTA会長経験者は30~40人はいます。それも皆、立候補で。でも地域活動するためにも必要なのはやはり、ワークライフバランスなんですよね。自らの働き方を変えて時間を作り、余裕をもって取り組まないとアップアップになっちゃいますからね。

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【父親には「抵抗できない強さ」が必要】

澁谷:イクボスとちょっと離れてしまうのですが、最近ちょっと、男性が弱いと思うんです。傷つきやすくリスクを恐れるというか。たとえば会社で知らない人に電話をかけてアポをとる仕事があるとすると、女性は相手に何を言われてもがんがん進めるのですが、男性は、相手に「今忙しいから」などと言われてしまうとそこで「だめだ……」ってしゅんとなっちゃう。これはなぜかって考えると、これまで父親が育児にあまり関わってこなかったからじゃないかなって思ったんです。父親が仕事で忙しいぶん育児のほとんどは母親が担ってきたわけですけど、母親って、女の子に対しては厳しいぶん男の子には甘い傾向があるじゃないですか。その名残りが大人になっても残ってしまって、目の前の困難を乗り越えられないのかな、と。

安藤:日本はひと昔前まで、父親がバリバリ外で働き、家にはお母さんしかいなかった。この副作用が、そういう形で出てきているのかもしれませんね。ファザーリングジャパンでも、ママたちにパパについてのアンケートをとると、「いいパートナーだけど、いい父親ではない」という意見が結構多いんです。イクメンなんだけど、子どもに対して甘いとか、過保護すぎるとかママが言ってるわけです。澁谷さんがおっしゃったような、本当の意味で自立できていない社員は、会社側としても困ってしまいますよね。ちょっとつらいことがあっても乗り越えていけるというような強さを育むには、子どもが小さい頃から父親の導きが重要かと。かつての支配的な父親の権力じゃなくて、子どもの内発性を高める「しなやかな父性」のようなものがこれから必要になってくると思います。

澁谷:そうですね。父親って、「抵抗できない強さ」があったほうがいいと思います。

安藤:これから日本は、団塊の世代が2025年頃までに後期高齢者に達することにより、介護や医療など社会保障費の急増が懸念される「2025年問題」と向き合っていくことになります。寿命もますます伸びていて、育児を積極的に行う「イクメンの時代」から家族の介護を担う「ケアメンの時代」に入っていきますので、今のうちに、男性社員の育休などがスタンダード化していた方が、介護休暇もとりやすくなるのではないかと思っています。育児や介護など家族とかかわりあいながらも、仕事とうまく両立できるような仕組みづくりが不可欠ですよね。今後の御社のビジョンを教えてください。

澁谷:やはり、社会がこれだけ多様化してきてしかも変わってきているじゃないですか。ビジネスにおいても、求められる能力が変わってきていると思います。これから求められるのは、主体的に問題を解決できる能力や、ゼロから1をつくりあげる創造性やクリエイティビティ、他人の喜びや悲しみに共感できる能力、将来を予測する能力だと思うんです。このような能力を養うにはやはり、「会社」の中だけではなく「社会」と付き合うこと。子育ての経験や地域とのかかわりなどが、その人自身の能力を高めていくと思います。企業の大小にかかわらず、子育て、介護、福祉とか、そういったところに日本の将来のビジネスのチャンスがたくさんあると思うんです。だからこそ、私にもできることがたくさんあるんです。当社のような小さな会社でも、職場環境を整えて一人でも多くの社員に能力を発揮してもらえると、少しずつ成長してくことができます。

日本はこれから人材難の時代にもなっていきますが、会社にフレキシビリティがあることで、育児や親の介護などでいったん会社を離れた優秀な人材が戻ってきてくれ、会社も成長できるんです。当社でも、現在独身の社員はママ社員が働く姿を見て将来の自分の姿をイメージしながらバリバリ働き、逆に今のママ社員たちは、子どもが大きくなって手がかからなくなったら、会社に戻ってきてバリバリ働く。それによってステージがいれかわりつつ、会社が成長していけたらいいなと思います。

安藤:フレキシビリティは企業のサスティナビリティに繋がります。企業でのイクボスセミナーの時、ボスたちに必ず聞くのは、「あなたのお子さんを、この会社に勤めさせたいですか?」ということです。そこでもし違和感を感じるなら、どこかやり方が違うということだと思います。これから人材難は間違いなく来ますから、御社のようなワークライフマネジメントがしっかりできている会社のほうが、いい人材が確保でき社員が辞めず、業績ものびていくと思います。

澁谷:まったくそのとおりですね。仕事よりも先に、まずは家族ですよ。家庭が安定してないと、仕事は伸びていかないですから。日本は男性ももっと育休をとっていいんです。僕は妻の亡き後、これまでの働き方を変えて、仕事も育児も自分なりに一生懸命やってきました。周りの多くの方から「よくやりましたね」っていわれますけど、これって誰でもできるんですよ。要はやり方だと思います。

安藤:(お隣にいた女性スタッフの)山本さんにとって、澁谷社長はどんなイクボスですか?

山本:私は昨年当社に転職したのですが、社長は女性に理解があるし、不思議なことに、私たち以上に女性の気持ちがわかるんです。女性が喜ぶポイントも知っているし、「こうやったらもっとがんばってくれるんじゃないか」というツボも心得た上で、社員のやりたいことを尊重してやらせてくれるので、私も含めて社員は皆働きやすいと思います。

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安藤:転職されてよかったですか?

山本:よかったですね。心の持ち方がすごく変わりました。会社に来るのが楽しいですね。

澁谷:いや、でも彼女もすごく大変だと思いますよ。だって、やりたいことをしながらも責任を追うわけですから。

山本:もちろん大変です。でも教えてもらいながらできるので、日々成長できますよね。成長を期待されているのが感じられるので、頑張れます。私たちにとって満点のイクボスですね。

澁谷:私にとっては、「社員が誰も辞めない」っていうのがありがたいんです。人間関係とか、家庭との両立、育児との両立が原因で辞めてしまうのがいちばん良くないと思いますし、社員にとっても会社にとってもすごいマイナスですよね。だから、うちの社員には、子どもが熱を出した時、精神的な負担を感じずに堂々と休んでほしいんです。「休んでいいですか?」じゃなくて「休みます」でいいんです。

安藤:子どもを第一に考える組織でありたいし、社会でありたいですよね。イクボスは、やさしいだけじゃなくて、人を育てることもできるボスなんです。人を育てると組織も育つし、社会も育つ。フレキシビリティがあることで、育児が中心で思う存分働けない人も、子育てが一段落したらまた戻って働くことで恩返しをしようとするんですよね。そしてまた生産性が上がっていく。澁谷さん、これからも満点のイクボスとして、さらなる飛躍を期待しています。今日はありがとうございました!

(筆・長島ともこ)

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澁谷さんのご著書『逆境は飛躍のチャンス』はこちら
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2015年08月04日

第17回 大西徳雪さん(セントワークス株式会社 代表取締役社長)

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イクボス・ロールモデルインタビュー第17回は、イクボス中小企業同盟(※)セントワークス株式会社 代表取締役社長の大西徳雪さん。社長就任後、看護師紹介・派遣事業において事業者と登録者のニーズのミスマッチに気づき、自らワークライフバランス・コンサルタントの資格を取得。医療・介護業界向けのワークライフバランス支援の事業化と、長時間労働体質だった社内改革に着手し、残業時間の減少と業績アップを達成した。プライベートでは2児のパパ。週1,2回のジム通いや家族で出かけるキャンプなど多彩な趣味を持つ大西社長に、イクボスの価値観や今後の展望について伺った。

〈大西徳雪さん プロフィール〉
筑波大学第三学群国際関係学類卒業。1996年セントケア・ホールディング株式会社入社。情報システム部門などで勤務後、セントワークス株式会社設立に伴い同社取締役に就任し、2011年4月に代表取締役に就任。2児の父として、家族と過ごす休日を積極的に楽しむ。

【看護師紹介・派遣事業で事業者と登録者のニーズのミスマッチに気づく】

安藤:大西さんはいつから社長に就任されたのですか?

大西:2011年の4月からです。大学時代は福祉ではなく国際関係を学んでいました。卒業後は世の中に貢献できる仕事に就きたいと思い、国際協力系、環境問題系、福祉系の企業にしぼって就職活動していたのですが、縁があって新卒で入社したのが、当社の親会社でトータルな介護サービスを全国規模で展開しているセントケア・ホールディング株式会社でした。入社後は、訪問入浴サービスの現場を約2年経験してから本社部門の経理、総務、情報システム業務などに就いていました。当社の初代社長は、現セントケア・ホールディング株式会社の専務なのですが、2代目の社長として私が就任し、今年で5年目になります。

安藤:当時のご自身の働き方はどうでした? 

大西:本社で経理や総務の仕事をしていた頃は残業も少なかったのですが、介護保険が導入され、情報システム専門の業務につくようになってから残業がどんどん増えていきました。月100時間超えも経験しましたね。27才の時に結婚し、現在小5と小2になる二人の男の子がいるのですが、仕事がいちばん忙しかったその頃、二人目が産まれたんです。妻もフルタイムで働いていましたので、必要に迫られる形で家事や育児は夫婦で分担していました。

私は子どもたちをお風呂に入れる係だったので、仕事が終わっていなくても6時にいったんきりあげて帰宅し、子どもたちをお風呂に入れ、家で夕食を食べてから車で会社に出勤してそのまま徹夜で仕事。そして翌朝、車で会社から家に戻って着替え、電車で出勤するような日々もありました。自宅は小田急線沿線で遠いですし、体力的にも精神的にもかなりきつかったですね。

安藤:それはすごいですね。でも若かったから、なんとかできちゃった?

大西:そうですね。当時35才くらいでしたので、なんとかがんばれました。子どもたちをお風呂に入れるのに加え、家族の朝ご飯づくりも私が担当し、子どもたちに食べさせていました。

安藤:イクメンをやらざるを得ない状況だったのですね。ご自身のそういった経験から、働く人の心身の健康の大切さに気づくようになったのですか?

大西:そうですね。もともと当社の主力事業は、介護事業者向けのシステム開発や販売になりますが、設立当初より介護に関わる人材の派遣や紹介も手がけていて、中でも看護師さんの人材紹介に力を入れていました。当社に登録してくれた看護師さんたちの中にはいわゆる産休、育休明けの方が多く、「夜勤は不可」「土日は不可」という条件つきでたくさんの方が登録してくれました。でもそのいっぽうで、病院や介護施設からの雇用条件は「夜勤必須」が基本で、全然受け入れてもらえないんです。登録側は「働きたいのに働けない」、事業者側は「人手不足なのに解消できない」という、非常にミスマッチな状態だったんですね。

これをどうにかできないかと思った時に出会ったのが、仕事と生活を調和させる「ワークライフバランス」の概念でした。私自身、当時はワークライフバランスは「福利厚生」だと思っていて、正直、当社で取り入れる必要性はあまり感じていなかったんです。でも、ある時新聞で、小室淑恵さんがワークライフバランスについて語っている記事を読んだ時に、ワークライフバランスは、福利厚生とは違うものなのかもしれないと思いまして…。そこで、小室社長のワークライフラバンスセミナーを受講し、認識を新たにしたんです。

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【ワークライフバランス支援の事業化と社内改革に同時着手】

安藤:社会に出て15年働いて、ご自身でワークライフバランスの大切さに気づいたのですね。

大西:そうですね。ワークライフバランスの発想を医療や介護業界にも広めることができれば、先ほど申し上げたような雇用する側とされる側のミスマッチが解消されるのではないかと思いました。それと同時に、これまで長時間労働体質だった当社の働き方も改善していく必要性を感じました。そこで、ワークライフバランスについて1年ほどかけて勉強し、ワークライフバランス・コンサルタントの資格を取得しました。その後2012年4月から、医療・介護業界に向けたワークライフバンスコンサルティング事業を開始しました。

安藤:ご自身が学んだことを事業化したのですね。

大西:そうですね。同時に、社内のワークライフバランスの改善に向けて具体的な取り組みを実施し始めました。

安藤:新規事業の立ち上げと社内改善を同時に進めた。社内改善ではどのようなことを行ったのですか?

大西:まずは社員の意識改革を行いたかったのですが、それまで部署によっては「残業は当たり前」という状態でしたから、「残業を減らすのは物理的に無理なのではないか」という意見もちらほら聞かれました。そこで、最初に真の「ワークライフバランス」の概念を理解してもらってから、具体的なプランを遂行して業務改善を始めることにしました。そのひとつが、社員全員が朝にその日の予定、夜に朝の予定と比較した実績メールを部署全員に送信し、社員ひとりひとりの時間管理能力と情報共有を図る「朝、夜メール」です。

また、月に1回、各部署で「カエル会議」を開催し、ワークライフバランスという視点から見た部署の課題を洗い出し、その課題を解決するためのアクションプランを策定しました。組織編成についても、社内にワークライフバランスコンサルティング担当を一人配置し、各部署でも責任者とは別にワークライフバランス担当を決め、それぞれの現場で課題に向き合えるようにしました。

安藤:大西さんも「カエル会議」には出席していたのですか? 会議の雰囲気はどうでした?

大西:最初の5回は全部署の「カエル会議」に出席したのですが、そもそも「ワークライフバランス」って、ボトムアップの発想じゃないですか。当時は会社全体が、所属長にいわれるままに動くようなトップダウン型の体質だったせいか、具体的な意見はなかなか出なかったですね。ですので、働き方などについて思ったことをふせんに書いてもらい、それを皆で発表しあったりするなどこちらから働きかけながら進めていました。

安藤:印象に残った意見はありましたか?

大西:多かったのが「仕事が属人化している」という意見です。ある業務を特定の人が担当し、その人にしかやり方が分からない状態になってしまい、その状態が当たり前になってしまうとまとまった休みがとりにくくなりますよね。それを皆が変えたいと思っていることがわかりました。

安藤:その意見に対して、何か具体的な対策は考えたのですか?

大西:各部署にワークライフバランス担当を配置していたので、こちらから特別なアプローチはせず、部署ごとに改善策を考え、主体的に動いてもらうようにしました。

安藤:なるほど。それで状況は変わりましたか?

大西:随分変わりましたね。一次対応レベルの業務であれば、ほとんどの部署で属人化の問題が解消し、業務がスムーズに運ぶようになりました。「Aさんの代わりをBさんが100%できる」というところまではいかないですが、これまで属人化が顕著で1週間くらいの長期休みがなかなかとれない部署だった総務部門が、4、5人でチームを組み、うまく仕事を分担しながら休みがとれるようになりました

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【「ノー残業デー」に残業する社員は「恥ずかしいマント」を着用】

安藤:セントワークスさんのユニークな取組みで忘れてはいけないのが、「恥ずかしいマント」ですよね。

大西:そうですね。毎月第3水曜日は「必達ノー残業デー」と決め、必ず定時に業務を終了するように決めました。万が一この日に残業しなければならない場合は「恥ずかしいマント」を身につけて残業してもらうようにしたんです。マントの背中の部分に、退社予定時刻を書いて仕事してもらうことにしました。

安藤:大西さんのアイディアですか? このマントはどこで買ったのですか?

大西:他社のストラップ残業を参考にした私のアイディアです。マントはスタッフに、100円ショップで買ってきてもらいました。現在社内に10着くらいありますよ。

安藤:ご自身の気づきでワークライフバランスに着目し、ユニークで合理的な業務改善を行ったのですね。成果は具体的にどのように現れましたか?

大西:取り組み開始から約8カ月で、残業時間はほぼ半減、残業代も4割以下に削減しました。同時に売り上げは前年比114%、営業利益は前年比162%になりました。これらの改善の背景には、受注の増加など業績が好調だったこともありますが、各部署で力を合わせて取り組んだ残業時間削減の影響も大きいと思います。現在でも、一人あたりの残業時間は当時の半分くらいです。

安藤:育休の取得状況はどうですか?

大西:女性社員は積極的に取得し、復帰率も高いです。男性の育児取得者も二人います。その一人が、同席している一之瀬君です(写真右)。

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安藤:一之瀬さんは、育休はどのくらい取得したのですか?

一之瀬:少しだけです。土日入れて5日間取りました。

安藤:それはあまり自慢しないほうがいいですね(笑)。でも取ったという実績が今は大事。でも本当は1カ月以上休めるといいですよね。ところで御社の平均年齢は?

大西:40才くらいです。新卒は親会社のほうのみで採用しているので、当社は平均年齢が少しずつ上がってしまうんです。

安藤:離職率はどうですか?

大西:正社員の離職率は低いのですが、全従業員の55%を占める契約社員の離職率は高いですね。給与などの待遇面も原因のひとつとして考えられるますので、ワークライフバランスの取り組みの中で、時給制から月々の固定給に変えたり、正社員としての登用をすすめたりなどもしています。

安藤:介護業界は、どんどんマーケットが広がってきていますね。御社の業務支援システム「看護のアイちゃん」はヒット商品ですよね。

大西:そうですね。「看護のアイちゃん」は訪問看護のアセスメントシステムです。訪問看護って、看護師が基本一人で担当するので、ベテラン看護師と新人看護師で、そのサービスにすごく差が出てしまうんです。これまでのようにスタッフ個人の知識や経験だけに頼るアセスメントでは、判断のものさしがまちまちになるというリスクがありました。そこで、ベテラン看護師なら患者さんの状態をどのように判断してどのような処置をするのかが一目でわかるようなつくりにしたのです。これを使っていただくことにより、質の高い看護の提供が可能になると思います。

安藤:現在、介護休業制度の改定に向けて厚労省が定期的に研究会を開催しているのですが、「介護休暇を小刻みにとれるようにしたらどうか」という案も出ています。実現すれば、自宅でケアマネージャーといろいろ相談するのに1日だけ休みをとったりなどができるようになる可能性もあります。このようなことからも、今後、訪問看護が増えるような気がしますね。

大西:そうですね。訪問看護は増えていくと思います。

安藤:自宅近くのママ友が、介護士でこれまで病院につとめていたのですが、仕事が大変で病院をやめて、今は訪問介護の仕事しているんです。昼間、移動中に良く会うんですよ。「どこ行くの?」って聞くと、「これから昼間の訪問の仕事」って。身近でも増えていますね。介護に携わる人たちの中には、御社で働きたいという人も多いのではないですか?

大西:そうですね。ワークライフバランスの取り組みを始めてから、当社に応募してくださる半分くらいの方の応募動機が「セントワークスさんはワークライフバランスに取り組んでいるから」というものです。

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安藤:ワークライフバランスを導入して、労働生産性があがってきている御社ですが、社員の健康度はいかがですか?

大西:あがってきていると思います。年に1度、社内で健康についてのアンケートをとっているのですが、「週に1日運動していますか?」の項目に「YES」と答える社員が年々増えてきています。

安藤:すばらしい。大西さんご自身もお元気そうですもんね。何か運動はされているのですか?

大西:ありがとうございます。週に1、2回、ジムに通っています。

安藤:飲みニュケーションのほうはいかがですか?

大西:会社のイベントとして年に4回開催しているのですが、それには毎回参加しています。あとは各部署にまかせていて、部署から「社長も参加してください」という依頼がくれば参加しています。

安藤:ご家庭では以前と変わらず育児・家事しているのですか?

大西:そうですね。朝ごはんは相変わらず毎日私が作っています。お風呂は、ちょっと前までは週末とかにいっしょに入ってたんですけど、最近は子ども同士で入るようになってきまして……。お風呂にはあまりいっしょに入らなくなりました。

安藤:育児は期間限定ですもんね。イクメンでもあり、イクボスでもある大西さんの今後のビジョンを教えてください。

大西:私の今後の目標は、少子高齢化社会に貢献するということです。これから日本だけでなく、アジアの方、中でもシンガポール、タイ、韓国、中国は高齢化が進んできていますので、新しいシステムを展開してこれらの国々の役に立っていきたいですね。

また、介護業界は人手不足なので、アジアの人材に来てもらい、働いてもらうことでも貢献できればと思っています。厚生労働省が、2025年までに高齢の方々が重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを続けることができるよう、地域が一体となって医療や介護サービスを提供する「地域包括ケア」を完成させようと動いていますので、私たちにもそこに向けて、今後10年かけてしっかり対応していきたいと思っています。

【ワークライフバランスは「福利厚生」ではなく「経営戦略」】

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安藤:大西さんは、イクボス10カ条はいうまでもなくすべてクリアですね。

大西:私自身、ワークライフバランスは最初は福利厚生だと思っていたんです。しかし、実際に学び、実践してみると、ワークライフバランスは「経営戦略」としても非常に大切なことであることに気づきました。

安藤:「ワークライフバランス」は、「余裕がないとできない」ことではなく、「余裕をつくるために実践する」ことなんですよね。それによって社員の働き方が変わり健康になることが大切なんです。「うちは中小企業だからできない」という企業担当者もいるけど、そうじゃない。イクボスプロジェクトでは、セントワークスのように残業時間を削減しても業績を上げている中小企業もあるということを今後も周知していきたいと思っています。ところで大西さんは、ジム以外で何か趣味はお持ちですか?

大西:去年から、家族でキャンプに出かけるようになりました。キャンプグッズを少しずつ買い足しているうちに、全部車に乗り切らなくなってきてしまいまして……。私だけでなく、妻も結構買っているんですよ(笑)。

安藤:夫婦で共通の趣味があるのはいいですね。キャンプはどの辺に行くのですか?

大西:今年は芦ノ湖のそばにいきました。ちょうど大湧谷が立ち入り禁止になる前日で、ぎりぎりセーフで温泉卵が買えたので、思い出深いですね(笑)。今年の夏休みはフェリーを使って北海道にキャンプに行く予定です晴れ

安藤:そのような休暇をとることは、社員の方に伝えるのですか?

大西:もちろん伝えます。実は、夏休みをとる予定のお盆の時期に親会社の取締役会があるのですが、取締役会の決議の申請書を出してしまうと会議に出席しないといけなくなるんです。そうすると夏休みがとれなくなってしまうので、なるべく前倒しにし、7月の取締役会に提出できるように部下に依頼しています(笑)。

安藤:子どもとキャンプを楽しめるのも期間限定ですもんね。本当に満点のイクボスですね。

大西:ありがとうございます。

安藤:一之瀬さんからみて、大西社長はイクボスですか?

大西:かっこいいイクボスです。有限実行ですよね。以前は長時間労働だったと聞いているのですが、ある意味マイペースで、何事にも自分の意思をもって取り組んでいると思います。子どものことも公表して、「今日は子どもが発熱したので午前中休みます」など責任者メールで普通に来るので、今後自分に同じようなことが起きたときもいいやすいですね。

安藤:これまでに一之瀬さんご自身に、そのような局面はありました?

一之瀬:私は子どもが産まれてまだうまれて2か月ちょっとなので、発熱とかはまだないんですけど、これから多分出てくると思います。

安藤:一之瀬さんが、お子さんが突然熱を出して午前休みになったら、社長としてはいかがですか?

大西:会議の欠席くらいだったら問題ないですね。ただ、彼は単独で営業していてちょっと属人化している仕事があるので、クライアントさんに行く予定の時はどうするかが問題ですね(笑)。

安藤:イクボス企業同盟でさまざまな企業の方とお会いしていますが、仕事に穴をあけないよう、皆さんいろいろ工夫されていることがわかります。例えば電鉄会社の運転手さんって、片方が寝坊したり急な発熱などのトラブルに見舞われても大丈夫なように、昔から必ず二人一組なんですって。それを知った時、ホワイトカラーでも実践していいのではないかと単純に思いましたね。とある会社も2人1組体制で業務を進めていて、2カ月先くらいまでお互いのスケジュールをすりあわせて、カバーしあっているんです。そのほうが、合理的だなって、見ていて思います。

一之瀬:そうですね。完全二人体制っていいですね。

安藤:ワークライフバランスに取り組むようになってから、2013年にワークライフバランス大賞奨励賞を受賞し、2014年には厚生労働省が認定する「子育てサポート企業」にも認定されました。このような取り組みで、メディアの取材も増えているようですね。

大西:そうですね。昨年、日経新聞に出てから、テレビや雑誌などの取材が増えました。(メディア掲載一覧はこちら

安藤:社員の方は、掲載された記事やONAIRされた番組を見ていますか?

大西:そうですね。よくチェックしていますよ。上京して働いているスタッフが、「今日テレビに出るから」などと親御さんに電話したりもしています。

安藤:御社のような会社なら、社員の親御さんも安心しますよね。最近はブラック企業なんて言葉もありますから、親御さんも子どもが勤める会社がどんな会社が心配だそうです。イクボスセミナーでも、経営者や管理職への最後の殺し文句は「あなたのお子さんを、この会社に勤めさせたいですか?」です。

これからのセントワークスさんの取り組みに、ますます期待しています。今日はありがとうございました。

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(筆・長島ともこ)

※ファザーリング・ジャパンでは2014年12月に設立した『イクボス企業同盟』に続き、2015年7月に『イクボス中小企業同盟』を新たに設立しました。日本の企業の9割以上が中小企業であることを鑑み、また中小でもダイバーシティやワークライフバランスの社内施策をもって業績を上げたり、人材採用面でキラリと光る企業も多いことから『イクボス中小企業同盟』でネットワークを構築し成功事例などを共有することを目的とします。今後、女性活躍やイクメン・ケアメンなど社員が多様化する時代において、「イクボス」の必要性を認識し、積極的に自社の管理職の意識・マネジメント改革を行い、新しい時代の新しい経営の下、元気な中小企業を増やす『イクボス中小企業同盟』にご期待ください。
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2015年05月26日

第16回 小室淑恵さん(株式会社ワーク・ライフバランス 代表取締役社長)

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イクボス・ロールモデルインタビュー第16回は、株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長の小室淑恵さんが登場。自社の働き方改革はもちろん、全国約900社でコンサルティングを手がけ、内閣府、厚生労働省、経済産業省などの委員を歴任。全国で講演、執筆活動を行っている。ご自身の働き方への気づきと、これからの働き方や管理職のあり方について伺った。(FJイクボスプロジェクト

<小室淑恵さんプロフィール>
資生堂在職中に女性が働きやすい社会を実現するために、インターネットを利用した育児休業者の職場復帰支援サービス新規事業を立ち上げ。資生堂退社後、2006年4月第1子を出産。3カ月後の2006年7月 株式会社ワーク・ライフバランスを設立。安倍内閣 産業競争力会議 民間議員、厚生労働省「イクメンプロジェクト」委員、経済産業省「産業構造改革審議会」文部科学省「中央教育審議会」委員ほか。2児の母でもある。

【専業主婦志向からの意識転換】
安藤:普通の女子大生だった小室さんが、どこでスイッチが入って、今に至ったのか。そもそものところから教えてください。

小室:大学生の時までは、専業主婦志向だったんですよ。女性が頑張ることは社会から望まれていないと感じていました。

自分がどうありたいかと言うことよりも、周りからどう思われているのかと言うことの方が大事でした。自分が頑張って頑張って嫌われるよりも、好かれる生き方をしたい。「好かれる存在=いいお母さん」というイメージ。むしろ頑張って負けることは悔しいし、怖い。結果、負けたことにならないための自己防衛から、負けない生き方をしよう。それには仕事をしないで家庭に入ることだと、自分を思い込ませていた感じがありました。結果的に負けたと見られないように、「私は最初から働きたくないんだ」と周知徹底しておくと言う予防線まで張っていました。

安藤:女子大の授業で学生に訊くと、専業主婦志向の人もまだ結構います。そんな風に思っていた小室さんの意識が変わったのは、なぜですか?

小室:大学3年生の時に、猪口邦子さんの講演を聞いたんです。大学3年生という時期も重要だったと思います。自分の進路を決めるタイムリミットも迫っていたので、本当に決断をしなくてはならない時期。「働いて子育てする人が商品やサービスを作らないといけない。消費者にそういう人が増えるわけだから、増えゆくマーケットを海外に取られてしまう」と。論理的に考えても全くその通りだと思いました。

それまでは女性が働くということは、女性の権利という考え方だと思っていました。女性が平等であるために、社会が配慮して変わってくれないといけないという考え方。どこか女性ってクールでシビアな考え方を持っていますから、利益と関係ないところで、企業から情けをかけていただくのは日本のためにならないと思っていました。育休を取ったり働き方に制限がある女性が会社の中にいること自体が、社会のご迷惑。日本のためにならないし、そこまでして自分をPRしたいと思わないですからと。

猪口さんがすばらしかったのは、経済合理性に基づいて説明をしてくださったことです。先の先を読んでしまう女性に対して、小手先で女性に配慮してくれる話はいらないんですよ。猪口さんが「根本的にそれをやらないと、日本は勝てない」と、今までの概念をひっくり返す話をしてくださったので、目からうろこでした。

安藤:女性の権利としてではなく、マーケット問題がそこにあったわけですね。

小室:お話しを聞いて全身に鳥肌が立ちました。それなら私も頑張りたいのにという気持ちになりました。もうすでに自分は間に合わない感じがしたんですよ。社会には英語が必要という情報も入ってきてはいたけれど、働くつもりがないから英語もやってない、仕事に必要じゃない単位ばかり取っていました。このまま社会に出たら、いかに自分が使えない人間なのかということがわかっていたんです。一瞬逃げ出したくもなりました。

私の場合は単純だったことが幸いして、「人生変えたい!」と思うようになりました。本を読むのが好きだったので、山ほど読んでいましたから、「だいたいの人はアメリカに行って人生が変わっている」と思って、「よし私もアメリカに行こう!」という単純な発想。それでアメリカに行こうと思ったんです。
そのとき後押しになったのが、母が「いいんじゃない~」って言ってくれたことですね。ちょっと懸念していた父を裏で説得してくれて、大学3年生の2月の試験が終わった翌日のチケットで渡航して1年弱、アメリカで過ごしました。

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【人生を変える!アメリカへ】
安藤:アメリカでの生活で得たものは何でしたか?

小室:英語もしゃべれないし、貯金していなかったからお金もない。留学でもないから通う学校もない。ですから暇だし、場所がないわけですよ。知人のところに1~2週間滞在させてもらいましたが、居場所がないので、近くのヤオハンというスーパーの掲示板に「無料でベビーシッターします。寝床とご飯をください」という張り紙を出し、シングルマザーが、私を雇ってくれたんです。

居間のソファーで寝ていい、パスタはソルト&ペッパーで食べていい……という条件。2歳のシーラという女の子のシッターをしました。お母さんのスザンヌが育休中で仕事に戻るまでの間、サポートすることになりました。彼女は証券会社に勤めていましたが、育休中に証券業務に必須の2つの資格をイーラーニングで取得し、育休前よりも昇格して仕事復帰していきました。このことから、これからはインターネットが時間や働き方に制約がある女性の働き方を変える、そういう働き方ができるんだと感じました。

今から20年近く前です。日本ではひたすらインターネットを阻止していた時代。彼女を見たときに、ITは冷たく怖いツールではなく、ハンデのある人を救う温かいツールであるという、私の中でドラスティックな発想の転換になりました。「インターネットを使って、女性の働き方を変えることができる!」という夢の卵みたいな想いを持つことができたのが、人生においてとても大きかったと思います。

安藤:その体験を経て就職。入ったところが大手化粧品メーカーの資生堂だった。そこで何を感じましたか?

小室:そもそも就活で40社くらい落ちましたから、入れていただいた時点でありがたかったですね。

安藤:資生堂には何年いたんですか?

小室:7年半いましたが、最初は奈良支社に配属され、入社1年ちょっとで社内のビジネスモデルコンテストでプランを出して、優勝したきっかけで本社に勤務するようになり。本社でその事業を5年半やりました。その後、川崎支社に移動になり、営業統括を1年半やり、その後起業しました。

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【営業活動の中から、働き方の問題点が見えてきた】
安藤:資生堂時代は、ワーク・ライフバランス的な働き方はできていましたか?

小室:全然ダメでしたね。奈良支社のときは、会社から徒歩圏内のところに住んでいました。先輩に追いつくために、まさに時間で勝負していましたね。23時24時…夜中の2時までやっていたり。先輩に夕食をごちそうになって、そのあとまた会社に戻って仕事をすることもよくあり、まさに残業三昧でした。その後本社配属になり新規事業を立ち上げたときも、かなり残業時間は多かったです。

安藤:そんな働き方をしていた小室さんが、ワーク・ライフバランスという考え方にいくついたプロセスはどうだったんでしょう。

小室:ワーク・ライフバランスという考え方自体は、2000年頃に読んだ学習院大学の先生の論文などから、こういうことは重要だと頭ではわかっていました。女性が働きやすい社会を実現するために、インターネットを利用した育児休業者の職場復帰支援サービス新規事業をビジネスモデルで立ち上げてそれを売りながら、最初は女性が育休から復帰できないことが問題だとずっと思っていました。復帰できないから復帰できるようにしようと、復帰支援のプログラムをいろいろな企業に売り歩く中でわかったことが、結局、復帰した後に、職場が長時間動労だと辞めてしまうという現実でした。

もうひとつは、男性も介護で休み始めていたり、うつ病で休み始めていたり、男性で育休を取る人が増えてきたりという現実がありました。ある大手企業は、女性の育休者よりもうつ病で休む男性の方が多かったりしていました。

安藤:うつ病などの精神疾患の従業員を抱えている企業は多いようですね。

小室:男性が休む理由が増えているということが衝撃的だったのと、特にうつ病の場合は、職場が長時間労働だと、戻ってもすぐに再休職してしまうわけです。復帰を支援しても、ずっと終わらない。復帰を支援した後の職場を変えることを同時にやっていかなくては、根本的な原因が変わらないということに、育休者の復帰支援のプログラムを企業に売りながら気づいたわけです。

いろいろなデータを見れば見るほど2007年になると団塊世代が一斉退職する、労働力人口が激減すると気づきました。いろいろな企業から社員ピラミッドをもらって試算してみると、ある企業は十年後に社員数が半分になってしまうという現実が分かりました。

労働力人口が激減する中で女性を活用する、介護中の人も働けるようにする、うつ病からも戻れる職場にするということを精一杯やって、なんとか日本のマーケットを維持できるということが2003年頃には私の頭の中でクリアになっていました。少子高齢化、労働力人口の減少……。だから早く働き方の改革をしなくてはならないと。今でも使っている「企業ニーズ」というスライドは実は2000年からずっと使い続けているスライドです。

安藤:社内ベンチャーから、起業に至ったのはなぜですか?

小室:当時はいろいろな賞や、日経ウーマンの「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」などもいただいて、この事業を頑張っていれば、何となく自分のなかで成功できるイメージはあったんですが。この事業じゃなく、働き方を根本から見直すことをしなくてはならないという想いがあり私の中でせっぱ詰まって「起業します!」と辞表を出したというのが、2005年の夏でした。

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【働き方改革は、自分が肩身の狭い思いを感じたから】
安藤:起業のときに、第一子を授かったんでしたよね?

小室:何の脚色もないのですが、資生堂に辞表を受理いただいた翌日に妊娠がわかったのです。結婚は2003年にしていました。

私としては当時は、「起業とは夜討ち朝駆けでやるものだ」という意識がありました。学生時代はネットベンチャー「ネットエイジ」でインターンしていましたから、ネットベンチャー時代は押入で寝ていたなんていうこともありましたし。それを自分もやるつもりでいたんです。

でも1日3回吐いてしまうくらいのつわりだったので、そんな自分が起業できるというイメージが持てなかった。絶望して起業できないと思い込んで、泣いて現在の創業期からのメンバーである大塚に涙ながらに話したのを覚えています。

そのときに大塚に「ワーク・ライフバランスの会社、やるんですよね?」って、「あなたがどうすることがいいと思いますか?」と言われて。まさにコーチングなんですが。
私がメソメソしながら、「育児して、仕事との両立を体感して、それをノウハウにして、それをやりながら起業した方がいい気がしてきた」と言うと、大塚が「そういうことです」って(笑)。「そういう人と起業した方が、私も実感が持てます」と言ってくれたので、初めて、そうかこれって天命なんだと思いました。

でも、まず産んでみないとということで、産むことに専念して、4月に出産し、出産の数週間後に一大プレゼンが決まっていたので、そこに行かないとチャンスが取れないと思ったことで、その日が起業の日になりました(笑)。

安藤:その後気が付いたら会社が残業体質になっていた。

小室:私以外は残業がいけないと思っていなかったし、「全員に残業させない」という意識は創業当時はありませんでした。特に、大塚は私が帰らなくてはいけない分をカバーするつもりで残業してくれていた。そのことに対して、自分のせいなので「悪いな」という思いもあって、否定するなんていうことは思いつかなかったんです。しかし起業してまもなく大塚が妊娠したことで気づきました。私が感じている、「時間がある私の制約のせいで負担をかけて申し訳ない、毎日頭が上がらない」という肩身の狭さを、みんなが感じるようになるんだなということに。

密かに自分自身のモチベーションもダウンしていたんですよ。社員には言わないけれど、最後に頼られない自分。時間外にいられないと頼りにならない、会社にいる人がいろいろ決めてくれるという状況になっていて。それって意欲を失わせるし、能力を発揮できなくなるんだなと思ったんです。

「こんな気持ちに大塚がなってはいけない」と思いました。これから入ってくる社員たちが、みんな結婚出産して、順番に同じ気持ちになるわけですから。社長じゃない立場だと、肩身の狭さは私以上のものがあって、それを苦に辞めていくような社員もいるんじゃないかと思ったときに、会社が変わる方が断然早い。これは組織の問題であって、個人責任でやることではないと。

むしろ戦略としてバーンと打ち出した方がいいんだと私の気持ちの中で整理できた。これができたのは、私自身が肩身の狭さを感じた経験が大きかったと思いますね。

【個人が抱えている仕事を見える化して、解決】
安藤:ボスとして働き方の改革を進めたということですね。でも最初は「残業をやめましょう」という社長の方針に反発もあったんじゃないですか?

小室:そうですね。あなたのためにやっているのに、よかれと思ってやっているのに……というのはありましたね。大塚も妊娠する前は、いっぱい反発していました。妊娠する前にも残業をやめようと言っていましたが、まったく聞いてくれませんでしたね。

安藤:大塚さんが元在籍してた会社も、ハードワークだしね。

小室:24時間型の働き方で成功体験も持っている。ベンチャー型の働き方、高揚感も持っていたタイプだったので。

みんなから反発されたときに、何で仕事が終わらないのか、どういう仕事内容なのか、どこで時間がかかっているのかがわからなかったんです。それをきっかけに、今900社以上に導入している朝メール( http://www.work-life-b.com/asamail.html )が生まれたんです。1週間何しているのか書いて、1日に何をしているのか分析して欲しいと伝えて、「朝メール」をやって初めて、時間の段取りが悪い、自分の知識不足でお客様の対応ができない、それを夜に大量の調べ物をしていたり。先輩に1時間でできると言われた仕事が、本人は3時間かかる……それは時間でカバーするしかないとずっと思っていたというようなことが分かりました。

1時間でできる仕事を3時間かかってしまっているところの、スキルアップと知識アップに向き合わずに、ひたすら時間と根性でカバーするというやり方。家に帰ると疲れ果てて寝るしかない。これを繰り返している自分の悪循環に社員達も気づきました。と同時に私も、ある社員の「朝メール」を見たときに、会計系の仕事でかなりの時間取られていることがわかりました。彼女は会計系の学科を出ているので、会計業務をやってくれていたんです。私は会計業務になぜそんなに時間がかかるのか、理解できないから、大変さをわかってあげられなかった。上司が部下の大変さを理解してあげられないから、解決策を打ってないという上司側の問題点がわかりました。

安藤:精神論だけでは解決しないよね。

小室:会計にかけている時間を計算したら、その業務を月3万円くらいでアウトソーシング出来る会計会社があることがわかり(笑)。そのほうが会社にとってもメリットがあることが一瞬にして試算できたんですよ。彼女も会計の学科は出ているけれど、実は会計はあまり好きじゃなかったってことで。外に出してお互いにスッキリしました。彼女はスキル面などの内的要因について、自分で目を向けることができ、私に対しても「社長が解決のために動いてくれた。私だけのせいにしなかった」という信頼感がうまれて、仕事の仕方が劇的に変わりました。

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安藤:それはまさにイクボスですね!

小室:上司と部下との信頼関係って、本当に大事だなと思いました。その社員も、今は仕事ができる人の代表みたいになっていますが、以前はパワーポイント作るのに3日間かかってましたから(苦笑)。すごく育ったんですよ。1人の人がこんなにも変わるのかというくらい変化しましたね。

どんな人が入社してきても、弊社で育てることができると自負しています。ちゃんと上司がコミットして内的要因に向かえば、必ずいい変化が出ると思います。その一番の原点は、私自身の大学時代の変化です。人って、化けるのはきっかけ次第。周りにいる人がメンターとしての力を発揮できる職場が一番生産性が高いんですよ、みんなが成長するから、全員の生産性が上がります。いい人材を取りに行くばかりでは、そのために給与や待遇など、いい条件を提示しなくてはなりません。常に高コストになるわけです。普通の人を採用して“化けさせる”方が、一番会社は儲かります。化けさせる力を持っている会社が儲かるし伸びていきますね。

安藤:社員に配慮するだけ、優しいだけがイクボスだと思っている人も多いけど、そうじゃなくて、社員を育成して利益を出すことがイクボス。結局、上司はそこで評価されるわけだからね。

小室:本当にそう思います。時には厳しいこともあると思いますが、信頼関係があるからこそ、根本的課題を指摘されたことに対しても、立ち向かおうと思えるんだと思います。この「思える」かどうかが大事ですね。立ち向かって変化した社員は、その変化した体験を後輩に「あなたがもしずっと変えられないで抱えてきた課題があるなら、この会社なら変えられるよ」と語ってくれるので、成長が連鎖します。

【子育てにも、イクボス的考え方は通じる!?】
安藤:イクボスは自分の家庭の中でもナイスな親だと思うけど、小室さんは家庭の中ではいかがですか?

小室:悩みばっかりなんですが。長男は小学校3年生で、今まさに、思春期の入り口かなという感じです。人に向かい合ってきたというところは子育てにも活きているかなとは思います。

子育てを通じて学んだことの一番は、「人は罪悪感を持たせることでは変わらない」ということですね。怒る、叱るという北風型では人は変わらないけれど、承認して励ますことで人が変わる。罪悪感を持たせて、二度とやらせないようにするというような北風型のマネジメントが、今までの日本社会には非常に強かった。

安藤:苦難を乗り越えたヤツを評価する、体育会系なマネジメントですよね。

小室:そのスキルばかりを磨いて、いかに厳しく怖く伝えるかとなっていたと思うんです。内的要因って、自分が向かい合うかどうかを自分で決められてしまうので、自分が向き合わないと変われない。

子育てだとつい「やっちゃいけないんだよ」とこんこんと言い聞かせて、厳しく恐怖を与えそうになる自分がいる。なぜならそれを人様にやったら怖いと思うから。とにかくやめさせたいという気持ちがいっぱいになって怒ってしまうこともあるので。でも、言い聞かせながら、自分に「これは子どもに恐怖心を与えたいのか、直して欲しいと伝えたいのか」と自分で問いかけるので、自分のモードに戻せることがありますね。でも、子育ては本当に難しいですね。

【これからの管理職に必要なのは、コーチング型マネジメント】
安藤:これからの管理職はどう変わっていくべきと思いますか?

小室:今までの管理職の手法は、自分と似た人しか育てられないというところに、限界があったと思います。今までは、似たバックグラウンドで、似たタイプの男性しか入ってこなかったから、指示命令型でも一定の効果があったわけです。似たバックグランドを持っているから、「厳しく言っているけれど、きっとこの人は体育会系で……」とか、「こう言われているけれど愛されているんだ」と理解した上で、厳しかったり理不尽な指示も受け取ることが可能だった。怒られた側が理解してくれていたわけです。同じ背景を持っていない。同じ体育会出身でも今は体罰がないし、論理的に教えているところも増えているから、論理的にとおらないことは受け入れがたい。いろいろな人が入社してくると、指示命令型でなく、自分の力を引き出せるような、コーチング型のマネジメントが必要ですね。

安藤:ワーク・ライフバランス社の事業では、管理職向けの研修もしているんですよね。

小室:私たちは女性向けの研修とか、労働時間の見直しとか、パーツで依頼してきた企業に「そういうことではなく、何が原因でしたっけ?」と全体を分析するようにしています。
女性にだけ渇を入れる研修は、絶対にやってはならないと思っています。女性に原因があったみたいなことになってしまいますから。そうでなくて、「女性を活かせなかったことに問題があるんですよね」というところに持っていかなくてはならない。マネジメント側や組織体制の問題なのだということです。マネジメントが変わらないところに、研修をして意識が高まった女性を戻すと、能力のある女性が転職してしまいます。研修の効果が転職になっては何にもなりませんから。

管理職にコーチングの手法や考え方を伝えますが、コーチングの手法そのものを提供するというよりは、コーチングに近い手法を日常生活の中で取れるということです。日常のうっかりやっている行動を、こう変えればコーチング的になるということがいくつでもあるので、それを理解していただいています。
最後には長時間労働が評価されるのでは、すべてが水の泡になってしまいますから、根本の所は、長時間労働を変えること。それができないと、男性が育休を取りにくいですし、女性も働きやすくならないですし、女性が能力を発揮できたり、仕事へのモチベーションも生まれない。「短時間で生産性を高く働いた人を一番に評価しましょう」とルールも変えて、両輪でやっていく必要があります。

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【響かないイクボスには、世の中の現状を伝える】
安藤:そうは言っても響かない人もいますよね。

小室:人口ボーナス期・オーナス期という考え方をレクチャーするのを昨年くらいから始めたんですが、大企業の社長クラスの意識が一瞬で変わるという体験をしました。(プレゼンテーションが動画で見れます→ https://www.youtube.com/watch?v=NTwOUPCI1w4&feature=player_embedded )彼らが一番頑張った時代は人口ボーナス期であり、人口ボーナス期に勝つためには、長時間労働はある意味正解でした。しかし日本はすでに人口ボーナス期は終わり、人口オーナス期に入って既に20年もたっています。日本の管理職たちが意識しているのは、中国、韓国で、こっちがワーク・ライフバランスなんて言っていたら長時間労働でハングリーに頑張る他国に負けるんじゃないかと思っているわけです。でも、中国、韓国はまだまだ人口ボーナス期です。日本の過去のやり方と戦うのは、まったくもってナンセンス。まもなく中国も人口オーナス期になるので、この人口オーナス期で勝てる戦略に早く移行することがポイントです。

人口ボーナス期の成功要因だったことは認めてあげたうえで、時間軸で整理してあげる。彼らが体験してきた、早く、安く、大量に時代のメソッドが、どうしてこんなに響かないんだということが整理して理解できるのが、この人口ボーナス・オーナスという考え方です。(プレゼンの全文を文章で読めるサイトはこちら→http://www.yomuradio.com/archives/4827)「なぜなんだ」という雲が、一気に晴れる感じですね。

安藤:企業は生き残るための戦略を知りたいわけだからね。

小室:これはプレゼン講師を17年やってきて思うことですが、自分の主張をいうのは青年の主張であって、相手の課題を解決することがプレゼン。相手が一番困っていることを解決することですね。そうでないとワーク・ライフバランスは響かないと思います。

【介護時代を生き抜くためにも、まずは労働時間のスリム化を】
安藤:最後に、管理職はどうあるべきかメッセージをお願いします。

小室:管理職のみなさんはまだまだ介護についての認識が甘いと思う。そこをもっと自分のチームメンバーと共有していただきたいですね。ワーク・ライフバランスってイクボスが1人で気づいても、メンバーの意識が揃わないと、進められない。本人はイクボスなのにうまくいっていないチームをよく見ます。その場合は、介護というみんな共通で考えられるテーマを導入してもらいたいですね。

介護は親だけでなく、配偶者の介護になることもあるし、子どもが障がいを持つこともある。親世代のきょうだいが多くて、子ども世代のきょうだいが少ないので、叔父叔母を介護しなくてはならないと言うことも出てくるんです。独身の叔父叔母まで自分が看ると思わなかったということは少なくない。あとは自分の病気ということもある。介護の場合は、育児と違って休むことがソリューションではなく、両立することがソリューション。仕事をいかに辞めないで、介護の家族責任を果たし、いかに外部リソースを使うか。疲労困憊してしまわないことが大事。一人で背負わないことによって精神的に辛くなり過ぎないことが大事。外部の手をかりるために、経済的基盤を失わない(仕事を辞めない)ことが大事。1~2年では終わらず、平均10年なので、介護による事情を持つ人は累積して増えていく可能性があります。

安藤:企業はそういうとき、どうしたらいいでしょう?

小室:一番は時間の柔軟さが大事ですね。ただし、そこに一足飛びに行ってしまうと、すごく危険です。時間の柔軟性を長時間労働も可という中でやってしまうと、夜の時間にカバーしようとする人が出てきてしまい、深夜に労働することで過労死の危険性が増えてしまいます。一番いけないのは、このまま労働時間に上限規制のないままいくと、上司は時間に制約がある人に配慮して、時間制約のない人に限りなく仕事を乗っけてしまうということがあるわけです。これをすると、乗っけられた方はたまったものではなく、その会社からどころか、この国自体から逃げていきたくなります。すでに優秀な人材の国外流出は始まっています。この国がいきなりホワイトカラーエグゼプションの方にいってはいけない理由は、その制度では無制限に働ける人だけに頼ってしまうという上司の怠慢を産むからです。

まずは、「全員が短時間で仕事をして徹底的に生産性を高くしよう」というところに働き方自体を転換しないとダメで、今は4~5回通って受注しているなら、1回でなぜ受注できないのか、そのために必要なリソースは何か、やり方の転換は何かにまずしっかり目を向けなくてはなりません。

そして日本の企業のトップがITをびっくりするくらい使っていませんね。ITを積極的に使うと、時間と場所に制約がある女性は働きやすくなります。いろいろなものを徹底的に使って生産性を高めて、現実的な労働時間を最低限に縮小する。1日8時間というところで、ちゃんと働けるようにした上で、その8時間をどう働くのか、場所を柔軟にすることは大事です。働く時間を柔軟にして、労働時間全体も膨張させることは悲劇しか生みません。この2段階、8時間労働に必要な労働人数とリソースを徹底追及してから、柔軟性に持っていくことで、個人の生活に合わせたフレキシブルな働き方を実現できます。

【女性は、詐欺師症候群を知っておこう】
安藤:働き続けたい女性たちへは何かありますか?

小室:『LEAN IN ―女性、仕事、リーダーへの意欲―』(シェリル・サンドバーグ著、日本経済新聞出版社)にも載っていた、「詐欺師症候群(Impostor syndrome)」という特徴をいつも紹介しています。企業が女性に管理職やワンランク上の仕事を打診した際に、女性側が1歩も2歩も引いてしまうことが起きている。しっかり成果を出しても、その成果は自分の実力だと思えずに、今回たまたまうまくいってしまった。ほめられると、まるで自分が詐欺行為を働いたような罪悪感を持ってしまうと言う感情を女性の方が持っているのを、詐欺師症候群といいます。女性は、セロトニン(不安を解消する物質)が男性の半分くらいしか出ないことが原因らしいんです。だから男性の方が楽観的というのは、本当にうらやましいと思います。

男性には本当に理解できないみたいですね。なぜそんなつまらないことを心配するのかって。でも、それは子育てするときに必要な資質として女性に与えられているものなんだと思います。不安や危険を早めに察知する……。でも、それを自分があげた成果に対しても思ってしまうのはもったいないです。セロトニン不足による、脳の詐欺師症候群なのに。解明されている女性特有の症状なんです。

何がもったいないかというと、男性は同じように不安に思ったりしていないってことです。上司から同じ仕事を打診された場合に、男性のAくんは「やったことないけれど、できると思う」と言うけれど、女性のBさんは「前にやったことがあるけれど、今回できるかわからない」と言うんです。これを聞いたときに上司は、「何でBさんは面倒くさい謙遜をするんだ。やる気がないなら良いよ」となってしまう。やる気の違いだと誤解してしまうんです。女性は上昇志向がないと誤解されてしまいます。やったことがないAくんは、2~3回経験を積むうちに本当にできるようになり、評価があがっていくわけです。

詐欺師症候群を知っていたら、上司も「ほら出ちゃってるよ、詐欺師症候群」と女性社員に言えますし、Bさんも自分の詐欺師症候群を認識した上で「じゃあやります」と手を挙げられるでしょう。
社会全体が労働時間を短くしようとしているのだから、女性自身も自分の詐欺師症候群と戦うことが大事です。私自身も、何か成果をだした後ほど急に怖くなったり、テレビに出て目立つことが怖くて苦手なんですが、詐欺師症候群を知ってからは、なんとなく折り合いが付くようになってきました。

安藤:確かに「私には無理です」って言っちゃう人、結構いますよね。

小室:この感覚はびっくりするくらい突然襲ってきて、自分ではコントロールできないんです。ただの緊張と違うくらいのものが襲ってくることがありますが、客観的に理解すると「ああ、例の症候群が出てる、出てる」と乗り越えられるようになります。ですから、女性たちは、詐欺師症候群を知って、自分を過小評価せず、ぜひ仕事に向き合って頂ければと思います。

安藤:今日はありがとうございました!

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インタビュー:安藤哲也(ファザーリング・ジャパン ファウンダー/代表理事)
(筆:高祖常子)
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2015年03月12日

第15回 小菅崇行さん(小菅株式会社 代表取締役会長)

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イクボス・ロールモデルインタビュー第15回は、東京・墨田区にある小菅株式会社代表取締役会長の小菅崇行さん。古い業界の商慣習で長時間労働を繰り返していた会社の働き方を、40代で父親から会社を受け継ぎ改革に着手。約7年かけて年間労働時間1800時間、全社員残業なしを達成し、2010年度「東京ワークライフバランス認定企業」に認定された。ミュージカル鑑賞や美術展見学などの機会も社員に提供し、社員が平等に幸せを実感できる会社づくりをめざす小菅会長に、イクボスの価値観や今後の展望について伺った。

〈小菅崇行さんプロフィール〉
3代目社長として就任後、改革に際して思い描いてきた会社の姿がほぼ完成してきた2011年4月に社長を退き会長に。2児の父。多彩な趣味をもち、東日本大震災遺児を支援する「みちのく未来基金」の活動なども積極的に行う。

【売り上げ偏重の「拡大路線」から「身の丈路線」へ】

安藤:制度改革される前は、どのような働き方だったのですか?

小菅:うちは合成ゴムや合成樹脂などを扱う専門商社なのですが、商社というのは「お客様第一」という文化があり、ある意味商売の手法がすごく古くて、「親しくおつきあいしているから買う」とか「しょっちゅう来てくれるから買う」などが当たり前の世界だったんです。僕が現場で働いていた頃、日本は高度成長期で経済全体も右肩あがり。うちも売り上げが150億くらいありまして、事業拡大路線のなか毎日8〜9時くらいまで残業、休日は接待ゴルフで家にいるのはお正月とお盆くらい、といった生活でした。しかしそこに、「人生働くだけ? 本当に今の形が正しいのだろうか?」と、違和感を抱いたのです。

安藤:それで、何か行動を起こされたのですか?
                           
小菅:うちは同族会社で、当時社長だった父が退いたあとは我々兄弟が事業承継することが決まっていました。何年か後にくる事業承継について考えた時に、「今のままの働き方を続ける形が、会社にとって本当に正しいのだろうか」と素朴な疑問を抱き、会社全体の棚卸しを全部やってみようと思い、利益分析してみたのです。そしたら、半分以上採算があっていなかったんです。これまで売り上げ偏重で物を売ることばかりに注力し、中間でかかるコストの計算がうまくされていなかったことに気づきました。

うちは1924年に創業した歴史だけが長い会社で、これまでの仕事の蓄積と資産形成が後ろ盾としてあったわけですが、今のままの働き方では年間150億を売り上げるビジネスを支え続けることができないということが、実感としてわかったのです。そこで、社員に残業をさせて売り上げをのばし続けるよりも、まずは自分たちができる仕事のサイズを考え直し、これまでの社内の無駄をなくして長時間労働しなくても利益が出るしくみをつくる、つまり、これまでの「拡大路線」から「身の丈路線」にかじを切り直そうと思ったのです。45歳で社長を継ぐことになったとき、15年くらいかけてやれないかと思い、スタートしました。

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安藤:具体的にどのような改革を計ったのですか?

小菅:僕らが小学校の頃って、ひとクラスの人数は4~50人で、これが100人になると、先生の目が行き届かなくなりますよね。これと同じ発想で、僕らは兄弟で会社を経営しているのですが、自分たちでマネジメントできる従業員数50人くらいでできる仕事の量でめざす売り上げを逆算し、業務改善をはかろうと考えました。当時は従業員が70人くらいで、業種柄男性社員が多かったのですが、業務のシステム化を取り入れて女性の雇用を増やし、効率化を進めました。そして、定年退職や結婚退職などを受け入れながら、最終的には女性従業員が半数になることをめざして意識的に採用を行いました。現在従業員は41名、そのうち19名は女性で、女性管理職も5名います。また、改革前は、正社員以外にパートや契約社員などもいたのですが、雇用形態がばらばらだと総務の人事管理が大変ですよね。そこで、正社員のみの雇用にきりかえました。正社員だけのほうが労務管理の仕組みがシンプルでわかりやすく、人事担当者の業務時間も減らせます。正社員が増えれば雇用保険など会社の負担は増えることになりますが、社員にとってより幸せな方法を選びました。

安藤:なるほど。

小菅:それから、ISOです。中小企業はISOを取得するのに、普通はコンサルティング会社に支援をお願いし、派遣してもらって審査を受けるケースなどが多いのですが、それだと形だけになってしまう気がしまして。そこで、コンサルタント会社に依頼せず、ISO審査員の資格取得のための講習会に従業員に参加してもらって資格を取得し、社内の人間のみでISOシステムを構築して2005年にISO9001を取得しました。

現在、ISOの資格保持者は社内に22名います。資格取得のための講習をうけたり試験を受けたりするのには一時的にお金がかかるのですが、長い目でみると安いものだと思います。うちは大会社のお客さんが多いのですが、ISO9001の取得で会社自体を信頼してもらえるのでよかったと思います。このように、「まずは人から」と、少しずつ変えていきました。

安藤:「人から」というところがミソですよね。

小菅:そうですね。うちの会社は「社員が平等に幸せを実感できる会社」を理念に掲げていますが、「平等」って口で言うのは簡単だけど、実感するのはすごく難しくて、何をして「平等」というのかわからない部分もありますよね。そこで、うちはまず、「形」を平等にしました。僕も含めて、性別や年齢、職位に関係なく机もイスも、ロッカーも、サイズを全員いっしょにしました。

それから、出張に行く場合、大会社さんなどは等級によって出張旅費や日当のグレードが違ってくることが多いと思いますが、うちの場合は僕も含めて全社員一律にしました。全社員一律の金額にしたことで処理がシンプルになり、総務の仕事が減り、コストも削減できました。

安藤:なるほど、その方法なら「平等」が伝わりやすいですよね。でも、日当を一律にする時には周りに反対されたのでは?

小菅:そうですね。先輩社員たちにすごく反対されました。

安藤:どのように説得したのですか?

小菅:「平等、公平」を徹底することでそれぞれの社員が平等に幸せを実感できる会社をめざしているということを何度も説明して理解してもらったのと、一律の金額を、職位の上の方の金額に合わせることで納得してもらいました。

安藤:なるほど。それなら文句も出ないですよね。

小菅:そうですね。でも、そのかわり、たとえば複数で出張にいっても、皆出張旅費も日当も一律だから、おごるとかおごられるとかというのはなくして割り勘にしなさいと指導しました。加えて、「働き方」という視点からいうと、ひとつの仕事を必ず2、3人で担当するグループ制を導入しました。

本人が病気になったときはもちろん、子どもが熱を出したりして急に休まなくてはいけなくなった時などに、一人で担当を受け持っていると仕事が止まってしまいます。だから、常にバックアップ体勢をとっておくことが大事だと考えたのです。従業員のデスクもお互いの顔が見えるように並べ、アイコンタクトが容易にできるよう工夫しました。営業の仕事にしても、ひとりの営業マンがお客さんに密着して仕事してひとりで売り上げをもっていると、その営業マンが抱えているものが見えてこない。見えないと、それが権力になりますから。だから、うちでは営業も一人でいかせません。必ず二人以上で行かせるようにしています。

安藤:なるほど。でも、仕事ができる人って、どんなことでも一人でできちゃいますよね。

小菅:確かにそうですが、グループ制にすることでお互いの行動が見えるようになり、それぞれの行動に責任意識が高まります。ですので、キャリアや経験を考えて、どちらかが指導的な立場になるような形で行っています。

安藤:複数の営業マン体制にするのにも、時間がかかったのではないですか?
             
小菅:相当かかりましたね。お客さんとの付き合いが昔からあったから、「俺が行かなくてだれが行くんだ」などと先輩の営業マンからすごく𠮟られました。しかし、利益管理の見直しの必要性などについて時間をかけて説得し、納得してもらいました。数字のことについていえば、わが社は常に従業員に数字をオープンにする、公開制を徹底しています。毎年決算後に社員を集めて説明会を開き、現在の業績などについても全社員で共有しています。年度方針が全員に明確に示されるので、社員としての自覚が根づき、知恵や工夫が生まれると思います。

【年間労働時間1,800時間を宣言し、計画、実施】

安藤:本当に大改革でした。働き方って文化ですからね。文化を変えるのには時間がかかります。これらの改革で、労働時間や働き方は改善されてきたのでしょうか。

小菅:そうですね。特定の個人への仕事のかたよりがなくなり、周りの従業員に気がねなく提案や相談ができることでお互いに仕事の程度がわかりあえるようになり、ひとつひとつの仕事に計画性が備わり時間内に終わらせる習慣ができてきたと思います。目標として「年間労働時間1800時間」を宣言し、2008年にはそれを達成することができました。計画性をもって仕事ができるよう、毎年年度はじめに年間の勤休日数と労働時間が入ったカレンダーを従業員全員に渡しています。

安藤:素晴らしいです。御社の定時は何時から何時ですか?

小菅:9時から5時半です。

安藤:それなら男性でも保育園のお迎えに行けますね。

小菅:行けますよ。物流部門は早朝に作業が集中することから就業時間を1時間繰り上げ、8時から4時半を定時としているのですが、物流部門にいる男性社員は毎日4時半にあがって家事や育児に積極的に参加しています。

安藤:有給休暇の消化率はいかがですか?

小菅:いろんなところでその質問をよく受けるのですが、年間1800時間の労働時間って、本当に少ないんですよ。で、この上に有給をとってもらうとすると、1600時間になってしまう。そうすると、逆に仕事が維持できなくなってしまいます。年間1800時間という、短時間だけれど濃密な勤務時間の中で、社員それぞれが充実感をもって働いていますので、有給は制度としてはありますが、消化率はよくないですよ。

安藤:ふだんから余裕があるので、有給をとる必要がなくなってくるのでしょうね。充実した仕事を短時間で能率よくできると、私生活も充実してくるんですよね。例えば僕も、「今日は保育園のお迎えに行く」と決めている日は、必然的に仕事に集中して充実した時間を過ごせます。そうすると、家に帰ってからもいろいろな段取りがうまくついて、楽しいというか楽になりますよね。僕は、ワークとライフは〝バランス〟というよりも、〝シナジー〟、相乗効果があると思っています。

小菅:そうですね。

安藤:ところで会長ご自身は、子育てには参加されてきたのですか?
                  
小菅:今の働き方に変え始めたのが40歳を超えてからで、当時子どもは高校生、中学生でしたから。気づくのが遅かったですね(笑)。

安藤:でも、これまでと比べて働き方がガラッと変わられて、ご家族の反応はいかがでしたか?

小菅:まあ、びっくりしていましたよ。

安藤:お子さんたちの反応は?

小菅:どうだったかな。特に聞いていないけど、今度うちで聞いてみますよ。ただ、僕は昭和20年代生まれで、同じ年代の人とよく話をするんだけど、僕たちの父親世代というのは戦前の教育をうけていて、なおかつ長寿でしょう。その人たちが日本の経済の発展の中で引き続き強い権限をもっていたので、旧態依然とした働き方をし続けてきてしまったと思うんです。だからこれからは、僕たちの父親世代がしてきたような働き方を変えていかないとだめだと思うんですよね。

安藤:いつまでたっても昔のやり方が踏襲されている企業もまだ多いのかと。特に同族会社は、これまでのやり方をそのまま継承するところが多いものですが、本当に思い切った改革でしたね。御社のようにガラッと働き方を転換した会社は、僕は他に知らないです。

小菅:「拡大路線」から「身の丈路線」に改革を進めていくと、当然売り上げは下がってくるわけです。僕からすると、戦略あっての売り上げダウンなのですが、おつきあいのある業界の方々などは「なぜ小菅さんは売り上げが下がっているのか」と疑問に思うらしく、「小菅さんはお客さんを失ったんじゃないか」「会社の中でゴタゴタがあるんじゃないか」など、当時はいろいろご心配を頂いたり、勘違いされたりしたらしいです。でも、そうこうしているうちにバブルがはじけて、結局気づいてみたら、偶然うちのやり方が正しかったって取り組み方は間違っていなかったと実感しました。

現在の売り上げは、年間80億のペースです。これが今、会社としても非常に心地よい状態だと思っています。個人的には本当に楽ですよ。お金の借り入れもないし、仕事の拡大にこだわってはいないから。ある一定のペースで成長していければいいんです。

安藤:本当の意味での「身の丈路線」ですよね。

小菅:そうですね。この心地よい状態を保ちたいと思っていて、でも、仕事をすると当然新しい仕事が増えていきますよね。そこでどうしているのかというと、うちは自然とうちなりの尺度でお客さんを選択します。一例ですが、収益性のよいお客さんが増えたらそちらにシフトしていくのです。

安藤:まさに「選択と集中」ですね。

小菅:そうですね。ただ、すごく面白いのは、日本って、消費者は必ずさまざまなサービスを平等に受けられると思っているんです。そしてなおかつ、「お客様は神様」だとか、顧客第一主義の考え方が根付いていますよね。本当はサービスを施す側にも選択権があるんだけど、そのことに気づかないで仕事をしている人がすごく多いと思うんです。

安藤:おっしゃるとおりです。この間も九州の中小企業の社長と話したんですけど、彼は「顧客満足より従業員満足」とはっきり掲げています。

小菅:絶対それがいいですよね。

安藤:残業しないといけないような取引先はなるべく相手にしないとかですよ。すべて相手にしちゃうと社員が大変だから。

小菅:そうそう。だから、なるべくたくさんの人たちに、そこに気づいて欲しいです。消費者も多くを求めず、「自分のいるポジション以上のものは与えられないのだ」と理解することも大切ですよね。どちらかというと日本って、サービス過剰な部分がありますからね。

【夜7時のニュースを見ながら家族と晩ご飯を食べてほしい】

安藤:そういうことを、日頃から従業員の方と話すのですか?

小菅:もちろん話しますよ。僕は常々、従業員には「夜7時のニュースを見ながら家族と晩ご飯を食べてほしい」と話しています。能率良く仕事を終わらせて7時には家に帰り、家族で晩ごはんをいっしょにたべる。家族が安心して暮らし、充実した家庭生活をおくることが、それが企業にとっても生産性向上に結びつくと考えています。

安藤:そうですよね。僕たちも今、お父さんを応援する活動をしているのですが、まず最初の第一歩として「家族で夕飯をいっしょに食べよう」と話しています。

小菅:絶対ですよね。

安藤:ワークライフバランスって、頭で考えてもしょうがないんです。子どもとずっといっしょに過ごせるのも期間限定。仕事第一主義で働いてばかりいないで、父親でいられるときにしっかりいて、たとえ気のきいたことを言えなくても家族に父親の存在を感じてもらうことが大事だと思うんです。

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小菅:本当にそうですね。

安藤:僕自身も働き方をがらっと変えて、子どもの保育園のお迎えに行くようになったのですが、家への帰り道の途中で子どもと寄り道したりするのが楽しくて。たくさんの日本の男性にこの喜びを知ってほしいと思っていろいろ活動しています。ところで、会長は、イクボス10カ条は、いうまでもなくすべてクリアですね。

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小菅:そうですね。結局、管理職なんですよね。自分の利益のために人を動かすのでなく、収益を確保しながら従業員に気持ちよく働いてもらえる方法を考えるのが、経営者の仕事だと思うんです。

安藤:そうですよね。管理職って、ややもすると「管理すること」そのものが目的になってしまうことがあります。

小菅:そうですよね。

安藤:これまでにたくさん会社を見てきているので、パッと会社に入った瞬間にその会社の雰囲気がわかるのですが、今日訪問して感じたのは、従業員の皆さんひとりひとりのお顔から、モチベーション高く仕事をクリエイティブに行っているのが伝わってきます。

小菅:ありがとうございます。

安藤:だらだらしていないんです、ムードが。細かいことでも皆さん、目的をもって動いている感じです。たぶん会議は少ないですよね?それから「報・連・相」とかも。

小菅:会議はあまりしていないですね。グループ制でデスクにすわっているので、簡単な打合せはデスクにすわったままできちゃうんですよ。「報・連・相」の徹底なども特にしていないです。マネジメントって、部下に何かを報告させるとか、そういうことじゃないですよね。部下の顔色をみておかしかったら「どうしたの?」ってこちらから聞く、これがマネジメントだと思います。

安藤:そうですよね。子育てといっしょなんですよね。でも、凡庸な管理職は「部下に報・連・相をきちんとさせるのが自分の仕事だ」思ってしまうんです。

小菅:なるほど。でもそれは違いますよね。うちの場合はワンフロアが見渡せます。基本そのフロアに全員いて、会議もないし、離籍もあまりないわけです。そうすると、僕がそのフロアを見渡した時、女性がひとりいないとなると、「どうしたの?」って。そしてその状況の中で、お互いをみながら仕事をしていく。毎日がその積み重ねなんです。

【日々の業務以外にも考え方や人生観を育てる場を提供】

安藤:今後のビジョンや方向性について聞かせてください。

小菅:企業は地域社会の一員として活動することも重要だと考えていますので、何人かの従業員に区が行うガバナンスリーダーの研修を受けてもらったりしながら、地域活動と連携して余暇の時間を使ってもらえればと思っています。また、現在、東日本大震災で両親またはどちらかの親を亡くした子どもたちの、高校卒業後の進学を支援するための基金「みちのく未来基金」の支援活動をしています。毎年3月に、支援を受けた子達を送り出す会を開いているのですが、両親の話とか自分の夢の話とか、若い人たちのそういう話を聞いていると、涙が出てきますね。これからもずっと応援してやれたらいいと思っています。

震災のあと、うちはボランティアツアーに毎年3、4人出しています。僕自身は現在他の支援活動も含めて度々東北を訪問しています。やはり、あの震災のあとの現場を見ると見ないのとでは大違いだと思うんです。若い人が、特に東京の場合だったら数100kmしか離れていないところにあの現場があって、知ることが大切だと思います。日々の業務以外にも一人ひとりの考え方や人生観を育てる場を提供していきたいですね。

安藤:ソーシャルな活動するトップに対しては、社員も誇りに思うでしょう。

小菅:それから、僕自身は、水墨画を描いたりゴルフをしたり建築を見に行ったりいろいろ趣味があるのですが、東京って世界の4大都市といわれているだけあって、ミュージカル、コンサート、写真展、美術、本当にいいものが来ますよね。でも、東京に住みながらそれらにふれる機会を見逃しているような気がするんです。うちの従業員には積極的にふれてほしいなあと思い、会社で費用を出して劇団四季のミュージカルを見に行くなどの活動もしています。見たからどうってわけではないのですが、生をみるのはやはり違ますよね。

安藤:本物をみるって大事ですよね。

小菅:そうですね。上野にいい美術展がきたら、チケットを買って渡してあげたり、良いと思った本は従業員に渡して回して読んでもらったり、日ごろから「芥川賞、直木賞、江戸川乱歩賞の受賞作品は読んでおこう」と声をかけたりもしています。新しい施設ができたら、いいとか悪いとはさておき、まずは自分がその場に立ってみることが大切だと思っています。このように、仕事以外でも、教養を身につけて視野を広げ、楽しんだり感動したりする時間を共有していきたいと思っています。

安藤:素晴らしいです。ワークとライフとソーシャルを楽しみ充実した人生を送っている小菅さんのようなイクボスが増えれば企業は変わると思います。またいろいろ教えてください。今日はありがとうございました!

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posted by イクボスブログ at 11:52| Comment(0) | インタビュー | 更新情報をチェックする